アイクにだって悩みくらいある。
そう、たとえば、ふとした瞬間に口付けるようになったスネークを見返したときに言われるソレ。
「好きだ、アイク」
これを聞くとアイクは必ず顔をこわばらせる。
スネークはそれに気付かないから、言葉を重ねてしまうけど。
「愛してる」
だからアイクは、仕方なく、
「ああ――、」
顔をしかめて、
「俺もだ」
そう返すのだ。
*
「まずいぞ、マルス」
「? 口に合わなかった?」
量は違えど、マルスもアイクと同じものを口にしている。味はそこそこ、別段、悪くはないと思う。此処の食堂に、いまだ味のクレームを出した者はいないはずだ。
マルスは鶏肉の照焼きを一口含むが、やはり、そこそこ美味いし別にまずくもない。
だがアイクは、自分も肉を頬張ると、もごもご口を動かす。行儀が悪い。
「違う」
「なにが?」
「飯の話じゃ、ない」
「あ、そうなの」
マルスが首を傾げれば、アイクは少しだけ目を逸らす。あ、これはなにかあるな、と感づける程度にはマルスはアイクを知っているつもりだ。
案の定アイクは、やっと顔を上げて、マルスを見る。
「相談が、あるんだ」
*
ここではちょっと、と口ごもるアイクを引っ張って、マルスは自室へ帰ってきた。
他人の目がある場所では話しづらいことで、アイクが持ちかける相談といえば、マルスにはたいてい想像がつく。
「スネークのことなんだが」
だと思ったよ、と言おうとして、結局やめる。代わりに意地悪そうに笑う。
「なに?ノロケ?」
「いいから、聞け」
「偉そうじゃない?相談に乗ってあげようっていう、僕に対して」
「・・・聞いてくださいませんか、マルス様」
「ふふっ、似合わねー」
心底嫌そうなアイクにひとしきり笑って、マルスはようやっと促す。
「いいよ。聞いてあげる。で、スネークがなんだって?」
「ああ、まずいんだ、マルス。俺はこのままじゃ、スネークに嫌われかねない」
「なにそれ」
マルスは首を傾げる。確かまだ付き合って日が浅いのではなかったろうか。破局するにはまだ早すぎる。
しかしアイクは、切ない顔をして、視線を落とす。
似合わないし、アイクにそんな繊細な表情が出来たことに驚いた。
「だって俺はまだ、好きの意味がわからない」
「ふぅん・・・・・・・・・・・・・・・って、なんだって?」
好き、の意味が、わからない?
わからないのはこっちだ。マルスは首をひねる。
「それってなに?どういうこと?」
「言葉通りだ。スネークに好きとか愛してるとか言われても、実感がわかない」
はあ、と間の抜けた声を返す。それ以外にどう反応していいものかわからなかったし。
結局ノロケか、と思うには、アイクの顔は切実すぎて、からかうことなく次を待つ。
「それに、“俺もだ”なんて返す自分も嫌だ」
俺は好きの意味も知らないくせに。
そう吐き捨てるアイクは、心底忌々しそうだ。
悩んでるんだな、と同情するよりも、あのアイクが恋愛で悩んでるなんて、とショックを受けたのが実情。
(君が愛を語るなんて、世も末だ)
失礼なことをしみじみ思いながらも、マルスは基本的にアイクに甘いから、口には出さない。
「君たち、好きだから付き合ってるんじゃなかったっけ?」
「・・・そのつもりだ」
「じゃあなんで、好きも愛もわからないんだよ」
それって要するに。
「君はスネークのこと、本当は好きでも何でもないんじゃないの?」
言ってしまった。
アイクは少なからずショックを受けたのかなんなのか、驚いたような傷ついたような、そんな顔をしている。
「・・・俺は、スネークのことを好きじゃないのか?」
「知らないよ」
マルスはすげなく返す。
知るわけない。他人の気持ちなんて。
(特に君の気持ちなんかはこれっぽっちもわからないのに)
そう思うと、マルスは苛立ちに舌打ちさえしたくなる。
アイクはマルスの苛立ちに気付かない。情けなく眉を下げたアイクは、どうしようもなく頼りなく見える。
「やっぱり、好き合わないと恋人にはなれないのか?」
「好き合わない恋人は、破局するか、そもそも恋人にはならないだろ」
理解のし辛い問いにいちいち答えてやってる僕はほとほとお人よしだな、とマルスは思う。
いい加減愛想を尽かしてやればいいのに、突き放せないのも事実だ。マルスはたいがい、アイクに甘い。甘すぎる。
散々悩んでいるアイクが哀れに思えてきて、結局口を出すのだから。ため息と一緒に。
「どうして君は、スネークと付き合ったの」
「・・・スネークが、俺を肉より愛してると言った」
「変な口説き文句だね」
「俺もそう思う」
「それで君は?」
「好きがわからないと言った」
「それで?」
「・・・そうだ、スネークは、わからないならそれでいいと言ったんだ」
「それは・・・、よくないんじゃ」
「俺が好きを教えてやる」
「え?」
「そう言った」
なるほど、馴れ初めはよくわかった。わかったけど、マルスは腑に落ちない。
「教えられてないじゃないか」
「そうなるな」
「そうなるな、じゃないよ、もう」
呆れた。
「それで、君は、僕に何を求めているの?」
「好きを教えて欲しい」
「そんなの、僕じゃなくてスネークに聞きなよ」
マルスは心底嫌そうに続ける。
「恋人なんだろ」
しかしアイクは、言いづらそうに顔をしかめた。
「聞けるものなら、聞いてる」
「どういうこと?」
「・・・こんなことを聞いたら、スネークに嫌われるだろ?」
「・・・はあ?」
マルスは不可解そうに眉をひそめた。何を思って嫌われるなんてのたまうのかこの男は。
思いながら先を促せば、曰く、スネークは散々愛を囁いて“好き”を伝えてくるというのに、俺はそれに応えられないばかりか愛だの好きだのその意味すらわからないだなんて、スネークは呆れ返って、きっと俺に失望するに違いない、だのぼそぼそ言うのだ。
それを聞いてマルスは愕然としてしまった。あの鈍感で無神経で常に猪突猛進前しか向いていないアイクが、こんなに後ろ向きな考えをして、こんなくだらないことにおびえているなんて。
マルスにはそんなアイクは本当に不可解で仕方ない。けれどマルスは鈍感ではなかった。だから、憮然とした顔で俯くアイクを見て、ああ、と頷いた。
ああ、なんだか、わかった気がする。
わかったと同時に、マルスの苛立ちは頂点に達した。
「――ああもう。君は本当に自分勝手だ。恋は盲目なのはいいけど、僕を巻き込まないでよ」
「マルス?」
「勝手に告白されて、勝手に付き合っちゃって、勝手に悩んで、それで今さら僕に頼るなんて、むしがよすぎるだろ」
「・・・怒っているのか?」
「そう。そうだよ。だって不愉快じゃないか。好きを教えてくれって何?何で僕に聞くんだよ」
「俺は。困ったときに頼れるのは、あんたとメタナイトしか知らない」
「スネークがいるだろ、君の愛しい恋人が」
「・・・だから、」
「嫌われるから聞けないって、君がそんなことを気にするような繊細な奴なわけがないだろ」
「おい?」
「だいたい、そんなくだらないこと質問されたくらいで、君の事を嫌いになる相手のどこがいいんだよ。
僕なら絶対に君を不安にさせないし、第一、好きがわからないなんて馬鹿なことを真顔で言う君に、好きを自覚させてやれるのに」
「マルス?」
「ねえ、アイク」
マルスが何に激昂しているのか、アイクにはわからない。
不意に腕を掴まれた理由も知らない。
ただ、マルスの言葉を吟味して考えたとき、アイクは首をひねった。
「あんた、それじゃ俺のことが好きみたいだ」
「・・・鈍いなあ、もう。みたいもなにも、僕はそう言ってるんだけど」
わかっちゃいたけど、アイクは本当に鈍い。なにこの反応。勢いに乗って告白したはいいものの、反応の鈍さに泣きたくなる。少しだけスネークに同情。
かといって、同情したその相手はマルスにとっては恋敵なんてものにあたるわけだから、同情してばかりもいられないけれど。
マルスはぐいと掴んだ腕を引っ張って、距離を狭めて、アイクの頬に手を添える。
普段は仏頂面の多い無愛想顔は、状況を理解できていなくてきょとんとしたアホ面になっている。
構わず、マルスはアイクを睨みながら、額を合わせた。
「好きだよアイク。あの戦いのときから。ずっと。スネークよりも僕のほうが絶対先だった」
出会ったのも頼られていたのも好きになったのも僕のほうが絶対先だった、と自惚れじゃなく思えるくらいには、マルスはアイクに近しいつもりだ。なにせ出会ってからなにかあれば構ってやったし、猪突猛進の気があるアイクを苦笑交じりに窘めてきたし、わからないことがあれば真っ先に頼られてきたし、それを、それを。
「君もスネークのことを好きみたいだから諦めてたのに。好きがわからないっていうなら、僕が君に好きを教えてあげる。だから僕のことを好きになりなよ」
自分でも言ってることがむちゃくちゃだとは思うけれど、マルスは止まらない。
なんだか感情が高ぶりすぎて、ちょっと泣きそうになってきたけど、それでもマルスはアイクを睨み続けて、自分よりも深い青の目がまだきょとんと見返してくるものだから、衝動的に口付けてやろうと思った。
ここまできたら、もう全部が全部勢いで進むしかない。若気の至りだ、なんて自分自身に言い聞かせて、ぐいと顔を近づけて、
「待て」
あっけなく止められた。
マルスより断然力のあるアイクには、マルスの両肩を押し返すのだって容易い。
「どうして止めるの」
「マルス。俺はスネークが好きだ」
「好きがわからないくせに」
「いや。今、わかった気がする」
は?、と声を上げるよりも早く。アイクはすでに立ち上がって、さっさと部屋を出て行ってしまう。
いや、ドアを開けたその瞬間。立ち止まってアイクは首だけを振り向かせて、笑った。
「やっぱり、さすがマルスだ。あんたは本当に頼りになる」
「・・・・・そりゃ、どうも」
それだけ返したところで、今度こそ本当にアイクは出て行った。
固まって、力尽きて、ベッドに顔を埋めて、マルスは苦々しく呻く。
「・・・・・好きがわからないって、だいたい君、スネークに嫌われたくないって思ってる時点で、好きだって言ってるようなものじゃないか・・・・・」
ああ、いやだいやだ。
バカップルに付き合わされたやるせなさと、歯切れ悪い失恋の痛みに、マルスは深い深いため息をもらす。
憤ったり悲しんだりするよりも、よっぽど呆れているのだ、マルスは。
*
「スネーク、好きだッ!」
「なんだ、どうした、なにがあった」
スネークの自室は、タバコ臭かったし煙も立ち込めていた。慣れたとはいえ心地よくはないので、アイクはまず窓を開け放って、それからスネークの手にする煙草を奪い取り、火を消して、ゴミ箱へ。
スネークは不満そうだったがそれよりもアイクの現れるなりの第一声が気になってしょうがないのか、反抗はしない。
「スネーク」
やっと一息ついたところで、アイクがスネークに向かって身を乗り出す。
一気に顔が近くなってスネークが息を呑んだところで、アイクは得意げに笑った。
「俺はあんたが好きだ」
「あ、ああ。そうか」
「反応が薄い」
「そうだな、じゃあ喜びのキスをしてやろうか」
「いらん。俺は煙草をしたあとのあんたは嫌いだ」
容赦なく吐き捨てて、アイクはスネークの顔を押しのけると、さっさと立ち上がった。
肩をすくめたスネークは、ニヤリと笑うとアイクを見上げる。
「しかし、いったいどういう風の吹き回しだ?」
「マルスに告白された」
「あ?」
あまりにあっけなく言われた言葉に、間抜けな反応を返すも、アイクは気付かぬ様子で続ける。
なんの後ろめたさもなく「好きだ」と言いたくてしょうがないのだ、アイクは。
「それでな、俺は気付いたんだ。あんたは俺の特別だから」
「おい、ちょっと待て。告白ってお前、おい」
「いいから聞け。俺はな、触られるのもキスされるのもあんたじゃなきゃ嫌だから」
「いや、お前こそ聞け。まさかキスされたのか、どうなんだ、おい」
「ようするに好きっていうのは、俺にとっての特別ってことになるわけだろ」
「マルスのあの野郎にいったい何をされたんだアイク、なあ」
「ッうるさいなあんたは!黙って俺の話を聞けというのに!」
「だからマルスに何をされたんだって聞いてるだろうが!お前こそ俺の話を聞けっていうんだ!」
何故か始まってしまった口論は、スネーク相手には子供っぽさを見せてしまうようになったアイクが、「好きだって言ってるだろ!」なんてキレ気味に叫んだと同時にスネークに思いっきり蹴りを叩き込んだところでやっと終わりを迎えたが、
渾身の蹴りを容赦なく腹にもらい意識を遠のかせるスネークは、知らぬところで恋人との距離が大きく縮まったことを知らない。