王子とシャイク2
あれから、僕とアイクは所謂オトモダチな関係だ。
僕はこの立場にひじょーに満足している。だって、アイクは僕にそうとう懐いているんだから。
僕の前ではもう噛むことなくまともに喋れるようになったし、前より目を合わせてくれるようになったし、たまーには笑いかけてくれるし。
お友達が出来たのがたいそう嬉しいのか、アイクは乱闘に行くにしても食堂に行くにしても、訓練するにしても僕のあとをついてきたがる。実際、ついてくる。僕がとっさに振り向いてアイクと目が合うと、彼は目を細めて嬉しそうにする。
そういうのはすごく人懐っこい犬みたいでなんか可愛いし、僕もアイクのことは気に入っているから、鬱陶しいなと思うこともそうそうなく僕らの関係はつまり非常に円滑なわけだ。
僕もアイクも今の状態に満足していて、この関係が崩れることはないだろうと僕は思っていたのだけれど。

人間関係というのは、僕が思っていた以上に思い通りにいかないらしい。

*

それは、アイクが壁に隠れるようにして何かを見ていた日のこと。

(・・・うわー、怪しい怪しい・・・)

その後姿の怪しいコト怪しいコト。
どこのストーカーか変質者を見つけてしまったものかと苦笑する。
アイクはひたすら熱心に何かを見つめていて、僕がすぐ背後に近づいても振り返ろうともしないっていうか、気付いてさえいない。面白くないの、なんて思って(僕の存在を無視するほどソレに夢中なの?生意気な)、僕はアイクの肩を叩いて、無視できないよう彼の耳元に声をかける。

「なにしてるの?」
「ッ!!!!!?」

文字通り身を跳ねさせたアイクに、僕はニヤリと笑う。やっと僕を意識したか、まったく、遅すぎるよ。
そうして振り向いたアイクの顔は、なんだか久しぶりに見る真っ赤な顔で、目尻に涙なんか溜めている。
ウズッ、となんかちょっかいかけたくなるようなそんな感じの、よくわからない衝動が湧き上がったけど、まあ気にしないことにしよう。

「なにしてたの?」
「・・・・・・・・・・マル、す。」

もう一度同じことを尋ねても、彼は今にも泣き出しそうな目で僕を見るだけだ。

「なにして」
「っべっち、つに、にゃにもっ!」

久々に噛んだな、なんて思いながら、僕は笑う。

「嘘。何か見てたんだろ?」
「馬鹿言うな・・・!」

僕がアイクの後ろを覗き込もうとすると、彼は必死になって視界をブロックするように体を動かす。
へえ、抵抗するんだ?
やっぱり生意気、と呟いて、僕もなんとか覗き込もうとスピードを上げる。
するとアイクもとにかく必死になって動いて、僕もだんだん意地になってきて。

(別に見せるくらいいいじゃないか、減るものでもないんだし)

互いに真剣な顔をして無言でくだらない攻防を続けること数分。
僕の自慢の動体視力がやっとソレを捉えた。

「・・・・・ピット?」
「・・・ッ、」

そんな必死になって隠すからなんだと思ってみれば・・・。
僕は露骨に不満を顔であらわしてみるけど、アイクは依然赤い顔でバッと顔を逸らした。
ああ、

「・・・なるほど、」
「・・・・・なんだ?」
「君さあ、」
「・・・・・な、んだ?」
「好きなんだ?」
「ッ、・・・・・なにが、」
「ピットが。」

そこから先は疑うまでもない。たとえアイクが口で否定しようとも、態度が雄弁に語っていた。
もはや噛みッ噛みすぎてなにを言っているのか解読するのも面倒くさいアイクの言い訳を聞きながら、僕はふうん、と呟いた。

(鈍い鈍いと思ってたけど、なんだ、相手はいたんだ?)

いつもの僕からしたら、きわめて面白い状況だっていうのに、なんだか面白くない。
はっきりしない自分の内心にも少し苛々したけど、シャイ全開のアイク(僕はこの状態の彼を勝手にシャイクと呼んでいる。いや別に深い意味はないんだけど)久々に見れたから、まあ、よしとしよう。

*

アイクのピットに対する想いに気付いてしまったら、それからは露骨過ぎる態度が嫌でも目につくようになった。今までどうして気付かなかったのか不思議なくらいアイクの態度は露骨だ。
まるで恋する乙女だ。
シャイク丸出しだし、顔も普段仏頂面しているのがとたんに少女マンガ風タッチになる。
そんな様を見ているのは面白いからいいんだけど、それがピットのせいだと想うと、厄介なことになんだか苛々する。
いやいやちょっと待てよ僕。
大変なことに変に道を踏み外し始めているんじゃないか?
僕はアイクほどに鈍くはないから、この苛立ちの意味がなんとなく、それとなくわかる。
でもソレを認めると、

(たいへん不本意なことになるんだよね)

いやいやまさかまさか。
逆ならありえてもいいけど、これはありえちゃいけないし、認めるわけにもいかない。
気まずげに頬をかいて、僕は笑って自分を誤魔化す。

気になる。面白くない。
いいや、面白いはずなんだ。


「・・・・・よし。」


アイクで遊ぼう。
決意した僕の行動は早かった。

*

アイクの腕を引っ張ってずんずん歩く。
おい、だの、マルス? だの言ってくるアイクは無視だ。そうして、僕が向かった先にいたのは。

「あれ、アイクさん?」
「ピットくん・・・!?」

ピットののほほんとした挨拶に、アイクが面白いほど強張る。頬が赤みを増したのを見て、ああ、シャイクスイッチがはいったな、と僕は思った。
大袈裟なくらいピットから顔を逸らして、固まってしまったアイクに苦笑する。
ピットは、アイクを見て困ったように首を傾ける。

「2人とも、どうしたんですか?」
「うん、たまには3人でお茶でもしないかと思って、」
「・・・っ、」

アイクが僕を見る。
俺は聞いてない、と視線が訴えていたが、無視だ。
僕は、シャイでなかなか行動に出れないアイクを、想い人と話す機会を作ってあげたのだから、アイクは僕に感謝すべきなんだ。僕は僕で、シャイクがテンパる様を見て楽しめるし、ピットは僕らと楽しくお茶をする。
誰も損をしない。
なのに。
なんで、そんな目で僕を見るんだよ?

「・・・・・俺は、いらんからな。」

低い声は、怒っているようにも聞こえた。
吐き捨てて踵を返すと、彼はダッと駆け出してしまって、僕もピットも、呆然とそれを見送るしかなかった。

なに? なんなわけ?
せっかくこの僕がお膳立てしてあげたのに、その態度は。

僕が苛々としていると、ピットが口を開く。
そのときになって、ああ、いたんだ? と気付く。そういえば僕はアイクのことが気になってピットの存在なんてどうでもよかったんだ。

「僕は、アイクさんに嫌われてるんでしょうか?」

ピットを見ると、さびしそうに、また困ったようにアイクが去った方向を見つめている。
その内容は、ちっとも真実を掠っていない。
アイクの不器用さも、ピットの鈍さも、どっちもどっちだ。
とりあえず、

「アイクはいないけど、僕とお茶でもどうかな?」
「・・・・・喜んで。」

憂えた顔をしているくせに、喜んで、とはよく言ったものだね。

*

煎れた紅茶を啜りながら、ピットの話に耳を傾ける。
彼は、とても頼りない声をしていた。

「なんだかいつも避けられてて・・・、」

アイクのことだ。
どうしようもないくらいにシャイな彼は、きっと想い人を前には出来ないのだろう。
簡単に想像がつく。

「僕は気付かないうちに何かしたんじゃないかと思って、聞きたいし謝りたいのにアイクさんは僕を見るとすぐに逃げるし、」

笑いを噛み殺すのも大変だ。
とにかく逃げる前に挨拶をすることからはじめないと、進展なんてしないよ?
心の中で諭しても、きっとアイクには届いていないだろう。
そして僕は、たいがいイイ人だから、意図して優しく微笑んで、フォローをいれる。

「君はアイクに嫌われていないよ。」
「・・・・・そう、かな。」

むしろその逆なんだよ、とまで口にするのはさすがにおせっかいが過ぎると思ったから言わないけど。
僕の魅力的な笑顔にほだされたのだろう、ピットは紅茶をコクリと口に含んで、あの、と切り出した。

「なに?」
「笑わないで、聞いてくれますか?」

気になる括り出しでくるじゃないか。
言葉なく頷く。

「実は僕、」

うん?

「・・・アイクさんに好かれてると思ってたんです。」
「・・・・・・・・・・」
「アイクさん、僕を見るとすぐに逃げてまともに話をしてくれないけど。」

なんだ?

「目も合わしてくれないし、たまに話すときは単語しか喋ってくれないし。」

それって、

「でも、アイクさん、僕の前ではいつもほっぺが真っ赤で、」

まさか、

「なにか言いたそうに僕を見てくるし、視線には熱がこもってるように感じるし、」

なんてデジャヴだ。
僕は、今の状況を楽しめるだけの余裕もなく、ピットの話を促す。

「それで?」
「それで、その、・・・アイクさんは僕のことが好きなんだと、」

つまりピットは、奇しくも僕と同じ勘違いをしているわけだ。いや、実際にはピットは本当にアイクに好かれているのだから、勘違いとはいえないけれど。
でも、今ここに当のアイクはいないし、僕は本当のことを知っているけどそれを言うつもりはない。ピットは本当のことを知らなくて、つまり、真実の歪曲は簡単に出来てしまうわけだ。
アイクには悪いけど、今の僕のこの苛立ちは簡単には納まりそうにないから、
まあ、許してくれよ?
僕は心の中でだけ許しを請うて、笑って、言う。

「違うけど?」
「え?」

普通を意識したつもりだったけど、気付けば声は冷たさをはらんでいた。

「アイクがそういう反応をとるのは、彼が極度のシャイだから。」

ピットは呆気に取られた顔をして、僕を見る。

「誰にでもそういう態度をとっちゃうんだよね、困ったことに。」

本当、困った人だよ、彼は。思わせぶりがすぎるんだ。
だからこんな、

「でも僕は違うけどね。だってアイクは、僕にはちゃんと目を合わせて話をしてくれるし、噛み噛みになったりしないし、笑いかけてもくれるし。」

ややこしいことになってしまうんだよ、アイク。

「彼は、僕のことが好きなんだよ。」

それを告げた瞬間のピットの顔といったらない。
あながち、彼もアイクのことが好きだったんじゃないか?
よかったね、アイク。そして、残念だったね。
ピットはもう、多分、君のことを見ないと思うよ。





正直に言おう。僕は、ピットに嫉妬している。
どうやら、認めないわけにはいかなくなったらしい。


つまり僕は、本気で、アイクのことが好きみたいだ。
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