王子とシャイク3
アイクの部屋のドアを前に、僕は立ち尽くす。
先ほどから何回もノックして、お伺いを立てているのに、返ってくるのは「うるさい」、「一人にしてくれ」、「開けないからな」、あとは無言。
どうやら本気で怒っているらしいアイクは、僕を部屋に入れてくれそうにない。が、そんなふうに蔑ろにされて、この僕が大人しくすごすごと立ち去ると思う? 答えは否。
アイクの分際で僕を追い返そうとはいい度胸だ。
無理やりドアを蹴っ飛ばしたいのをこらえて、僕は出来得る限り優しく語りかける。

「ねえ、アイク」
「・・・・・」
「開けてよ」
「・・・・・」
「悪かったって。君を怒らせるつもりじゃなかった」
「・・・・・」
「顔を見て謝りたいんだ」
「・・・・・」
「・・・・・はあ・・・」

いくら言ったって、ドアが開く気配がない。
虚しくなってきた。
僕は黙ってドア脇の壁に寄りかかる。そうしていても部屋の中から音はしなくて、君はどこまでふて腐れてるんだ、とアイクに呆れる。
このまま放っておいたら、きっと飯時にも出てこないに違いない。僕に会いたくないがために。

(・・・あーあ、なにやってるんだか)

ズルズル壁に背を預けながらうずくまる。
馬鹿らしい。なんでアイクなんかのために、僕がこんなに疲れなきゃならないんだ。

(まあ、好きだからなわけだけどさぁ。・・・・・あー、もう、)

なんで惚れちゃったんだか。
それはだって、
今まさに、僕の声が聞こえなくなったことを不安に思ったのか、そーっとドアの隙間から情けない困り顔を覗かせる、そういう仕草がいけないんだ。
右へ左へ、ドアの影からあたりを見回してうつむいたアイクと、そのアイクを下から見上げる僕の視線が、交錯する。
「あ、」と声を上げたのは二人同時だった。

「っ・・・・・!」
「わ、ちょっと、待てって・・・!」

咄嗟に、閉じられそうになったドアに手をはさむ。アイクは思い切りドアを閉めようとしていたから、当然、僕の手は直後悲惨な目にあったわけで。

「ぃだぁッ!!」
「!」

ドアにはさまれた手がじーんと痛みを訴えてくるけど、アイクが慌てたようにドアを開けて僕の手を泣きそうな目で見下ろすから、僕はすかさず口を開く。

「・・・話、聞いてくれる?」

涙の滲んだ目でなんとか笑えば、アイクは僕以上の涙目でこくこくと頷いた。

*

「すまんっ、すまん、すまん、すまん、すまんすまんすまんすま」
「うん、もう、大丈夫だから」

まだじんじんしている左手は、大丈夫かといえば正直そうでもないけれど、このまま永遠と謝り続けそうなアイクが哀れだったから、左手をひらひらと振って見せた。
だからそんな泣きそうな顔をしなくとも。
苦笑して、僕はやっと話を切り出した。

「さっきは、ごめんね」
「さっき?」
「ピットとお茶会」
「・・・ああ。いや、・・・」

困ったように眉をしかめて、アイクが顔を逸らす。

「余計なお節介だったみたいで」
「・・・・・・・・・・」
「・・・君はさ、ピットとどうしたいの?」
「どう、って」
「好きなんだろ」
「好き・・・、ああ、好き、だな・・・・・、でも」
「でも?」
「俺は、ピットくんと、・・・おつっ、お付き合い、したいとか、」

“お付き合い”ときたか・・・。苦笑する。
アイクは、しどろもどろになりながらも、軽く首を振る。

「思ってないんだ」
「・・・・・そうなの?」

薄く頷いたのを見て、意外に思うのと同時に、これはもしやチャンスかと心の中で思案する。
だってようするに、アイクはピットのことを好きだけど、向こうに脈はなさそうだからとすでに心の中で諦めてしまっている。
どことなくしょんぼりしたように見えるアイクの姿を見るにそう察するのは簡単だ。
自分に自信がないのも損だな、と勉強になったけど、それよりも今はこの好機をどう活かすべきかだ。
弱みに付け入る、ってけっこう簡単かもしれない。

「アイク?」
「・・・なんだ」
「そんな落ち込まないでよ」
「・・・・・さっきので、多分俺、ピットくんに嫌われた」
「・・・そうかもね?」
「・・・・・・・・・・」

わかりやすいくらいに項垂れるアイクを、可哀想だなぁと思いながら、僕はさりげなく腕を伸ばして、そぅっとアイクの肩の後ろにそれを持っていく。
あくまでも“さりげなく”いくのがポイント。
僕としては慎重にかつ繊細に、肩に手を置いたつもりだったけど、その瞬間ビビクッと肩が跳ねて、思わず僕もつられて腕を跳ねさせた。嫌なふうに敏感だな。
ものすごい過剰反応を見せたアイクは、ビッと音がしそうなくらい鋭く僕に顔を向けて、そのあまりの距離の近さにまた驚いたのか、のけぞった。

「逃げないでよ」
「っ、、な、マ、ちかッ、」
「よしよし、落ち着いて」

まあ僕はそんなのにももう慣れたものだったから、ぽんぽん肩を叩いて、アイクが深呼吸するのさえ見守る。

「・・・あんた、近い」
「慰めてるんだよ」
「俺を?」
「落ち込んでるみたいだったから」

ピットに嫌われたと思い込んでいるらしいアイクは、わかりやすく眉を下げる。
精悍な顔が台無しだ。見慣れてるから残念とは思わないし、むしろこれがけっこう愛おしいんだけど。
そんなことを普通に思えちゃう自分自身を僕は自覚しているから、言葉だってすんなり出てくる。

「好きだよ、アイク」

アイクからの反応はない。彼は予期せぬ言葉を読み込むのに時間がかかる。脳内で処理が間に合ってないのかもしれない。
じゃあ、畳み込むように続けて、ショートさせちゃえばいいんじゃないかな。

「僕は君が好きだよ、アイク」
「もちろん、友情としての好きもあるんだけど」
「でもむしろ、友情よりも、これは」
「恋情って言うか」
「ようするに、」






「僕は君を、」






赤面でも蒼白でもない、色のない表情をして僕を見る彼にとどめを。






「愛してるんだよね」






てん、てん、てん。と間をおいて。
一瞬のうちに赤面したアイクの、予想通りというか期待通りというか、とにかくまあそんな反応に僕は満足したので、

「ご褒美だよv」

勝手すぎることを呟いて、僕はアイクに口付ける。シャレた言い方でいうところのフレンチキスをしたわけだけど、思っていたよりも柔らかくて、それがさらに僕を満足させた。
アイクは固まってるばっかりでなんの反応も返さないけど、とにかく顔は真っ赤だし涙目だし、さび付いた動作で手を動かして、自分の口に触れて、脳内がキスを受け付けたのかなんなのか、ぶわっと泣いた。って、なにその反応。

「嫌だった?」
「ッ、・・・! ・・・!!」

もう声にもならないらしくて、彼は口をぱくぱくさせてたけど、小さく首を振ったのは確認できたから、僕はにっこり笑ってもう一度キスをしようと顔を近づける。
強張ったアイクを眺めながら、これはもういただいたな、とほくそ笑んだときだ。





バンッ!





「アイクさァんッ!! 居ますかッ!!?」





扉を乱暴に開ける無粋な音と、うるさくて仕方ない無粋な声。
現れたのは、ピットくん。

彼の目には、何が映っているのかな。

そんなの簡単。
至近距離まで顔を近づけて、キスをするところか終えたところか、どちらに見えたかまではわからないけど。
でも、ただならぬ雰囲気には見えたはずだ。
恋人同士の睦み合い、みたいな。



固まるピットくんと僕とアイク。
しばらく沈黙して、最初に声をあげたのは。





「・・・・・ピット、くん・・・?」





呆然とした声を上げて、直後、ふらりと上体を揺らしてアイクが倒れる。

「アイクッ!!?」
「アイクさんっ!?」

慌てて受け止めようとして失敗。無残にも床に倒れたアイクは、ピットくんの予期せぬ登場にトドメの一撃をもらい完全にショートしたらしい。



彼は気を失っていた。
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