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そりゃあ苛立つってもんだ。
苛立ち通り越して煮立ってしまう。腹の中で熱くてどろどろしたモノが、ゆっくりぐるぐる巡っている。きっとこれが言葉に言い表せない怒りというものだろう。こんなものが渦巻いているから、壁でさえそこにあるのが苛立たしくなってしまって、殴って蹴って火器類を持ち出して粉々にしてやりたくなる。
落ち着こう、なんて考えは無論浮かびもしない。スネークの憤りは深かった。
足早に戻った自室のドアも、叩きつけるように閉める。乱暴に響いた音でさえスネークの心中を表すにはまだ足りない。
ベッドに腰を下ろすことさえ八つ当たりだ。必要以上に体重をかけられてスプリングが大きく悲鳴を上げたが、気にせず煙草を取り出す。煙が部屋を満たすのは早かった。灰皿が溢れんばかりに埋まるのも。
なにを、あんなに、すんなり、出てきて、笑ってやがって、あの、あのアイクが、なんだいったい、本当にもう、なんなんだあれは。
頭の中は混乱と憤りでぐちゃぐちゃだった。髪をガリガリかき回しても落ち付かない。空になった煙草の箱を握りつぶして、それだけでは飽き足らず、何度も揉みしだく。ぐしゃぐしゃになった箱を眺め、舌打ちして床に放った。いっこうに苛立ちは収まらない。
バンッ、と大きく音が響いたのはそのときだ。
「あ゛・・・・・?」
ドアが開いた。蹴破られたかと思うほど勢いよく。
不躾に部屋に入ってきたのは、ある程度想像はついていたが、今最も見たくない相手だった。
見慣れた愛想のない面にまた舌打ちする。
何をしに来やがった。
「うわ、煙いな」
マイペースに呟いたアイクは、煙の漂う室内をぐるりと見渡してから、スネークに顔を向ける。それを、暗い目つきで睨め返した。
どんな言葉で、態度で。責めてやろうか、罵ってやろうか。
今度ばかりは流石の俺も手を出すぞ。頬の一つでも引っ叩く。泣いて許しを請おうが、今度ばかりは甘やかしてやるものか。
スネークが拳を固めたのと同時に、アイクが動いた。スネークに飛びかかる。
「うぐおっ!?」
頭を手で押さえつけられ、ベッドに叩きつけられる。いくらスプリングが利いて柔らかいからって、叩き付けられた衝撃はでかい。思わず呻いてしまった。
スネークを押し倒したような形になったアイクの表情は見えない。
何するんだこの野郎、と怒鳴ろうとしてまた先手を打たれた。
――――――!?
首に抱きつかれて、口を押しつけてくる。スネークの口に。
(正気か、こいつ!?)
思わず疑ってしまった。
だって、アイクが今スネークに仕掛けているのは紛れもなくキスなのだ。
しかも、
(ディープだと!?)
ますますアイクの頭が心配だ。自分からキスをすることなど滅多にないアイクが、舌まで入れて絡めてきたのだ。そりゃ、正気を疑う。どっかで頭をぶつけてきたんじゃないか!?
それでなくともここ最近のアイクは何かとおかしい。何かと異常ありきなのだ。今だってトチ狂ったとしか思えない。
もう憤りも苛立ちも、このディープキスの驚きで鳴りをひそめてしまった。
なにせ仕掛けてきたわりに、アイクはキスが下手だった。拙く舌を絡めてくる、その拙さがいとおしいんだよなぁ、なんてほだされているあたり、スネークもとことん救いようがない。
アイクが満足するまで好きにさせておいて、ぶはっと色気の欠片もなく顔を離したアイクを見上げてスネークはため息をついた。長い長いため息だ。呆れとかなんだとか、いろいろこもった重いため息だ。
「・・・・・なんなんだ、お前は」
「会いたかったんだ、あんたに」
呟いて、アイクはスネークに抱きつく。
ぎゅうぎゅう抱きしめられて苦しかったが、スネークの首元に甘えるように頭をすり寄せるもんだから、好きにさせておく。
甘い、甘すぎる。
自分のアイクへの甘さにまたため息だ。仕方ないだろう、なんたって可愛い恋人だ。甘えられて嬉しくないはずがない。
いろいろ問い質したり、責め詰り、怒鳴りたいことは多々あったが、今はアイクが甘えてくるから少し待ってやろう。
やっぱりスネークはアイクに甘い。でろっでろに甘かった。
*
窒息死させる気かってくらいアイクは抱きついてくる。力自慢の剣士に手加減なしに締め付けられているのだ、スネークが苦しくならないはずがない。流石に死ぬ、と思ったところで無理やりグイ、とアイクの肩に手を置いて引き剥がす。
真っ当から見たアイクの顔は、見慣れたいつもの調子の仏頂面だ。
「会いたかった、スネーク」
「・・・・・お前、っお前なぁ・・・・・」
言いたいことがあまりにも多すぎて言葉にならない。スネークが呆れて顔をしかめても、アイクは頭を傾けるだけだった。
悪いことなんて一切してませんよ、とでも言いたげな様子に、鳴りをひそめていた苛立ちが湧いてくる。チッ、と舌打ちして見せると、スネークの不機嫌を感じたのかアイクも眉をしかめた。
「なんだ?」
「どうして今になって出てきたんだ」
「心配事がなくなったんだ。俺の病気は感染しない!・・・らしい! だからあんたに会いにきた。一番にだ!」
アイクが珍しくも笑いながら告げる。純粋に逢瀬を喜んでいる笑み。それすらも今の荒みきったスネークの心は疑ってしまう。
「一番?嘘つけ。俺は見てたんだ」
「何をだ?」
「マルスに会ってただろ」
「ああ、ドアを開けたらそこに居たんだ。あれは驚いた。何をやってたんだろうな?」
何をやっていたも何も、お前に必死に話しかけていたんだ、あの王子は!それをあの部屋に居てわかっていなかったと?
なんてふざけた話だろう。
お前こそ何をやってやがるんだ、と激しく罵ってやりたい衝動は、なんとか飲み込んだ。
耐えるようにぶるぶる震えるスネークには気付かず、アイクははて、とマイペースに見つめてくる。
「なんであんたが知ってるんだ?」
「見たからに決まってる」
「いたのか?気付かなかった」
「ああ、そうだろうともさ。あの王子様と見つめ合って笑うのに忙しかったもんなア、お前」
声音からにじみ出るスネークの苛立ちにようやく気付いたのだろう、アイクの顔が怪訝そうに歪む。
その顔が何を言いたいのか、付き合いの長いスネークには読める。
――何言ってんだ、あんた?――、そんなとこだろう。
「意味がわからん」
それみろ。そうくると思った。
スネークは鼻で笑って、嘲笑う。
「お前、マルス相手にはドアを開けていたんだろう?」
「・・・・・・・・・・?」
「俺がどれだけノックしようが話しかけようが喚こうが、頑なにドアを開けなかったお前が。マルス相手にはすんなりとドアを開けた」
「スネーク・・・?」
アイクには本当にスネークの言い分を理解できない。理解出来ないことで詰られて、表情に苛立ちが滲んでくる。そんな様子に、苛立っているのはこちらだ、と怒鳴りたくなって、スネークもますます苛立ってくる。
声を荒げる代わりに、スネークは心底冷たい目でアイクを見返す。こんな目を向けられたら、さすがに鈍いお前でも俺の気持ちに気付くだろう?
アイクの顔が強張った。眉がぎゅっと寄っている。困惑と、多少の怯み。そんなものを浮かべた顔で、アイクはスネークをうかがうように口を開く。
「・・・・・怒って、いるのか?」
「当然だろうが」
わけもわからないまま会えなくなって、さんざん宥めすかしても姿を見ることさえ許されず、病気も構わず会いに行っていみれば一方的に詰られ、酷い言葉で完膚なきまでに拒絶され、挙句の果てには、俺相手には頑なに開こうとしなかったドアを、王子サマが相手ならばすんなり開けてみせたのだ!それもまさかの笑顔付きで!
スネークが一気にまくしたてれば、アイクは困りきった顔をして視線を落とした。
「・・・何度も言ったと思うが、病気だったんだ。そんなのが、あんたに移って欲しくないだろう?」
「俺は構わんと言った」
「俺が構う!」
「いい加減その猿芝居をやめろ」
スネークはアイクの言い分にうんざりしていた。確かにそれは何度も聞いた。いい加減聞き飽きたし、もう充分だ。
アイクは目を見開いて固まっている。
大人の余裕を失うほど今回は事が大きすぎた。
蓄積された苛立ちは膨大で、つい先刻見せ付けられたばかりの光景は、この上嫉妬さえ限界値を振り切るほど煽ってくれたのだ。
そんな苛立ちと嫉妬がない交ぜになって、スネークにある疑心を植え付け、確信を抱かせた。
「お前、マルスと二人で俺を笑ってたんだろう?」
「はあ?」
間髪いれずアイクは顔をしかめたが、そんな反応でさえスネークは誤解する。
俺がドアをノックするたび、俺がドアに話しかけるたび、ドアの向こうでアイクは何をしていた?
返事が返ってこないことが大半。たまに返事が返ったときだって、頑なにドアを開けようとしなかった。
あんたに病気を移したくないと殊勝なことを言いながら、ずっとピンピンした様子のアイクは、いったい、何をしていた?
ドアを開けてマルスと笑いあっていたアイク。
こびりついて離れないその光景。そのときスネークはただ呆然と見ていただけだ。
立ち尽くして二人を見るスネークに向かって、マルスとアイクが嘲笑を浮かべる。
思い至った情景に、湧き上がる憤り。あまりに衝撃的で、息が詰まるかと思った。
とっさに自分の上に乗るアイクの腕を引き、一気に体勢を入れ替える。腕をぐっと強く押さえつければ、アイクは白黒させていた目をかすかに眇めた。スネークはそれを冷めた目で見下ろす。
スネークが自分でも呆れるほど健気に愛を注いできたというのに、浮気なんて形で裏切られてしまうなんて。
無意識に手に力がこもってしまう。アイクが痛みに呻くのを聞きながら、スネークは吐き捨てる。
「俺を虚仮にするのも大概にするんだな。色狂いの雌犬め」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アイクは黙ってスネークを見上げている。罵声が響いたか、と見て内心スネークはスッとした。
嗜虐的な感情が込みあがって、さらに詰ってやろうかと口の端に笑みを浮かべたときだ。
つい今の今までスネークの怒気にしおらしい顔をしていたアイクが、目を反抗的に細めて、圧し掛かる男を睨みつける。
次の瞬間。
「ッッッッッ!!!!!!?????」
突然股間を襲った衝撃にスネークは悶絶する。この痛み、文字では表しきれない。
情け容赦の加減もない膝蹴りでスネークの股間にスマッシュを極めたアイクは、悶絶する男の下からさっさと抜け出した。
男の急所に強烈な一撃をもらったのだ。そりゃあ、涙も滲む。
そうして涙目になったスネークは、唸りながらもアイクを見上げる。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
アイクは何も言わなかった。
冷めた顔でスネークを見下ろして、それから何をするかと思えば、ただ黙って踵を返しただけだ。
来たときとは正反対に、ドアが閉まる音さえ鳴らなかった。あまりに静かすぎて、アイクは本気で出て行ったのかと疑ってしまったほどだ。
不気味な沈黙だけ残してアイクが立ち去っても、スネークはしばらく動けなかった。股間を押さえて激痛に耐えていたからだ。
あれだけ激昂していた憤りは、もやもやした苛立ちに取って代わっている。
滲んだ涙越しに見た去り際のアイクは、なんともいえない奇妙な顔をしていた。怒っているような、悲しんでいるような、ひたすら悔しそうな、とにかく複雑に暗い顔だった。
股間の痛みが治まってくると同時に、スネークの頭も冷えてくる。
あれほど確信を抱いていた浮気説が、冷静さを取り戻すほどに萎んでいく。
もしかして俺は、とんでもない間違いをしたんではなかろうか。
股間を押さえた間抜けな姿勢のまま、スネークは痛みからではない唸り声を上げた。