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放置された格好のまま、アイクはスネークが出て行ったドアをじっと見つめていた。
表情こそ無かったが、頭の中ではそうとう煮詰まっている。

――どうしようどうしようああスネークあの馬鹿野郎はどうしてこんなことをしでかしやがって俺が一体どんな気持ちであんたと会わなかったと思ってるんだ確かに詳しく話さない俺も悪いかも知れんが一番悪いのは俺の気持ちを汲み取れないあんただ、ああもう、どうすればいいってんだ。

この際自分の格好だとか拘束された両腕だとか下肢の状態だとかはアイクにはどうでもいい。中心の熱もこの混乱ですでに冷めきっている。どうでもいいのだ。
だがスネークのことはどうでもよくない。どうしようどうすんだと無表情の下で思考がぐるぐる回っている。嫌な汗が背中を這っているのを感じる。持ち上がったままの両手が小刻みに震えている。苛立った。

「あの、駄蛇め」

あんなにアイクは言っていたというのに。病気をうつしたくない、と。
心底忌々しげに舌打したと同時に、空気が揺れて、壁に暗い歪みが開いた。さすがに慣れたとはいえ、いまだに違和感は拭えない。なにもないはずの壁から、白い大きな手が出てくるのだから。
壁から湧いて出た右手は、てのひらをアイクに向けて、わずかに五指を引き攣らせた。

「なんて格好をしているんだお前は」
「・・・あんた、」
自分がどれだけ滑稽な格好をしているかはわかっているつもりだ。アイクは今さら恥ずかしがったりしなかった。
そんなことよりも大事なことがある。縋りつくような視線をマスターハンドへ向けて、アイクは意図せず顔を歪ませた。

「スネークが、この部屋に入ったんだ、俺に触ったんだ、・・・なあ、どうしたらいい」

情けない格好で情けない顔で見つめてくるアイクに、とりあえず手首の拘束を断って、今さらにシーツをかけてやった。



*



――荒れてるなァ。

殺気立った背中に拍手を送りながら、心の中で呟いた。
見事勝利をおさめたスネークは、大歓声の中、それでも鬼のような不機嫌顔を崩さなかった。もともと渋い顔をしているのに、この上そんな顔をしてしまったら、子供たちが怖がって泣いてしまう。現に今の乱闘に参加していたリュカは、泣きながら逃げまどっていたのだ。今も拍手しながらぐずっている。よっぽど怖かったのだろう、可哀想に。何匹も仲間を葬られたピクミンたちだって、オリマーの後ろに隠れるようにしてスネークを見ているのだから、相当だ。マルスとしても、何度その非道な火器類に宙を舞ったか、思い出したくもない。
だが、スネークは他のファイターたちの様子など露ほどにも気にかけることなく、のすのす歩いて去っていく。その背中にマルスはまた、(荒れてるなぁ)、と思うのだ。



彼はいったい全体どうしちゃったの?、なんて聞く野暮な者はいない。大抵の者がうっすらと不機嫌の理由を察していた。だってここ数日、ずっとアイクの姿を見ないのだ。やれ痴話げんかか、やれついに破局か、やれ新しい放置プレイかと勝手な推測が飛び交う中、スネークはどんどん荒んでいき、アイクはやはり部屋に閉じこもったまま。
マルスはアイクが心配だった。手のかかる我が子を心配する母の心境だった。だから今日はこうして、アイクの部屋の前に立っているのだ。少し前まではスネークが陣取っていたドアの前。今ではスネークはこの部屋に近づこうともしない。極端に機嫌が悪くなってから、彼がこのドアの前に立つ姿を一度も見ていない。以前はべったりだったのに。
アイクとの間で何かあったに違いない、とマルスは睨んでいる。

「アイク、アイク、いるかい?」
上品にノックして、声をかける。中から返事はない。首をかしげて、マルスはノックを続ける。

「アイク?いないの?」
コンコンコンコン、手を止めずにドアを叩くが、返事がないどころか、部屋の中からは身じろぐ気配もしない。
(いないのかな?)、とも思ったが、アイクはこの部屋にいるはずなのだ。誰もアイクがこのドアを出入りするところなど見ていない。

「ねえ!アイク!スネークと何があったんだか知らないけどさ、あの人そうとう荒んでるんだよ――」
スネークの話題にも反応はない。これはスネークも苛立ったろうな・・・。しんみり同調しながらも、マルスも少し苛々してきたものだから、控え目で上品だったノックが徐々に乱暴になっていく。

「見てて見苦しいったらないほどむっつりしてるんだよ。さっきなんて、リュカが泣いてしまったんだ――」
部屋の中に聞かせるように声を張り上げるが、無反応。

「・・・・・ねえ、アイク」

今さらだが、

「本当に、いない?」

――返事はなかった。



*



意図してその部屋には近付かずにいた。さしものスネークも、いい加減腹が立っていたからだ。とはいえ、気になるものは気になる。それは仕方がない。
近付きはしなくとも、近くを通るたびに視線は遣っていた。ついさっきだってそうだった。そうしてスネークは、足を止めて立ち止ったのだ。見知った人物がそこにいた。

アイクの部屋の前にいたのはマルスだった。
黙って壁に隠れて、影から覗く。なにせ隠密行動は得意中の得意だもんで、マルスはスネークに気付いた様子もない。アイクのものよりずっと華奢な腕を持ち上げて、マルスは上品にノックをした。コンコン、と響く音も品があるように聞こえるのが不思議だ。ついでに言えば、あの王子が一庶民の傭兵なんかを気にかけるのも不思議だ。いや、こんなごちゃ混ぜの世界で身分も何もないだろうが。

マルスがアイクの名を呼んでいる。アイクが出てくるわけがないだろう。
ふん、と鼻を鳴らす。俺でさえ何度もそうして呼んだんだ。奴はその程度じゃ出てきやしない。無駄なことをする、とマルスを嘲笑う。
様子を見るに、アイクにはやはり出てくる気配はなかった。それどころか返事もないらしい。「いないのかい?」、と王子が声を張り上げるにつれノックの速度が上がっていく。
ふと、思い出す。スネークが夜這いしたあのとき。思い出すだけで顔が歪むが、あのときスネークはアイクを拘束したままにしておいた。あれはそういえばどうしたのだろう。もし今もあの無様な格好のままなら?考えたら笑えた。そりゃあ、返事も出来ないだろうな。
あの夜這いから一週間は経っている。アイクがずっとあのままでいるわけがない。自慢の大剣なりを使って、拘束を外しているはずだ。スネークはそう確信しているから、アイクの安否は心配していなかった。ただ、頼りない顔をして首を振っていた仕草を思い出すと、複雑な気持ちにはなるが。

視線の先で、マルスはまだドアに語りかけていた。話題の中に自分の名前が出てきたのを聞いて、眉根を寄せる。見苦しいとはなんだ。リュカが泣いていたのは気付いていたが、気にも留めていなかった。人が聞いていないと思って好き勝手言いやがって。ただ、きれいな顔をしたあの王子様はああ見えて厚顔だから、たとえスネーク本人を前にしても言葉を慎んだりはしないだろう。

しばらく喋り通していた声が止まった。煩わしいノックの音も途絶えて、しん、と廊下が静まりかえる。音のない空間に、スネークも息をひそめる。
(諦めたか?)
マルスは、ドアに頭を押し付けて項垂れていた。ああ、その気持ちはわかる。どれだけ叫んで名を呼ぼうが、反応の返らないあの虚しさったらない。ため息まではっきり聞こえて、スネークは苦笑した。
アイクはやはり、まだ引きこもっているのか。

マルスがドアから身を起こし、背を向ける。脱力したその背中を一瞥して、スネークも壁に預けていた背を離す。さっさと部屋に帰って煙草でも吸おう。

ドタン、ガタ、と慌ただしい音がしたのはそのときで、
スネークもマルスも、その音に振り向いたのは同時だった。

「――アイク?」

マルスが呟く。
頑なに閉ざされていたドアが開いて、確かにアイクはそこにいた。
突然のことにマルスはとても驚いていて、アイクはマルスがいたことに気付いていなかったらしく、やはり同じように驚いていた。見つめ合って固まって、やがてマルスが口を開く。

「久しぶり、だね」
「・・・・・ああ」

目を二、三度瞬かせて、アイクは笑った。
それにまたマルスは驚いた顔をしたが、すぐに嬉しそうな笑みを返す。





スネークはそれを、壁の影からただ見ていた。

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