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アイクが不調だ。
例えばここ数日、アイクは乱闘で勝てた試しがない。今日もまたアイクは四位の位置に収まって、覇気なく拍手している。
ふうむ、とスネークは首をひねる。
どうしたもんか。
「具合でも悪いのか?」
「いや。いつも通りだ」
確かにアイクはいつも通りだ。顔色も悪くない。試しに額に手をあててみても、平熱も平熱、至って普段通り。見たところ、体に怪我を負った様子もない。顔をつき合わせて、揃って眉をしかめる。
「なんなんだ?」
「俺に聞くな」
「お前に聞かないで誰に聞けってんだ」
「俺が知るか」
「なんなんだ」
アイク自身も、己の不調がわからないらしい。それはもどかしいだろうなぁ、とスネークは他人事ながら同情する。いたわるつもりで頭を撫でたら、憮然顔で払われた。
アイクの不調の原因がわからないまま過ごすこと数日。
今日も乱闘に負け、タイマンで負け、チーム戦でまで負けを喫したアイクは、ひたすら首を傾げていた。さすがにスネークも哀れに思えてきて、デートついでの二人きりトレーニングに誘う。
トレーニングとはいえ、やはりアイクは勝てなかった。
「・・・勝てない」
「本当にどうしたんだ、お前」
「俺にもわからん。けど、なんか。・・・変だ」
「そうだな、変だ」
顔を見合せて首をひねる。
「そういえばアイク。お前、痩せたか?」
「痩せたと思うか?」
問いを問いで返されたスネークは、気を損ねることなく、アイクを見て肩をすくめる。
「見た感じは変わってないな」
アイクは十分すぎるほど飯を食っているし、生活サイクルも変わってないし、筋トレだってしているのを、スネークも知っている。病気でもないのだから、突然痩せるのもおかしい。
「なんであんた、俺が痩せたと思うんだ?」
「お前の攻撃が多分、たぶんな。軽くなった」
トレーニングの感想だ。あれだけ重かった一撃が前ほどに重くない。そう感じた。
「それに前より少し吹っ飛びやすくなったろ」
スネークの指摘にアイクは眉を寄せる。
「気付かないうちに痩せてたのか、俺は」
「痩せる要素が見当たらないけどなァ」
「成長期かもしれん。もっと食うべきか?」
「お前。今でさえ散々食ってるってのに。太るぞ」
「なら、その分鍛えるだけだ」
よしと張り切るアイクにスネークは、「まあ、ほどほどに頑張れよ」と適当な激励を送っておいた。
その晩。
存分に飯をかっ食らったアイクの肥満を気にしたスネークが、夜の運動と称してアイクを散々鳴かせて、その日は終わる。
アイクが自室に引きこもったのはその翌日だった。
*
朝食に姿を見せないアイクを、スネークは特に気にしていなかった。
(昨日は疲れさせたつもりはなかったんだがなァ・・・)
昨晩の情事を思い出して、片眉を上げる。無理をしたつもりはなかった。
その食後に、恋人のご機嫌取りに向かったスネークは、
「なんだ、こりゃア?」
ドアの前で立ち尽くした。
立ち入り禁止の張り紙に、鍵のかかったドア。
おいおい、と呆れながらドアノブをガチャガチャ鳴らしてアイクの名前を呼び立てる。ずいぶん騒いでも、アイクからの返事はない。
それ以上騒ぐのもなんだったから、スネークは肩をすくめて、立ち去った。
思い当たる節がない。
怒ったのか拗ねてるのか単に寝ているだけなのか、悪戯なのか思い付きなのか嫌がらせなのか、アイクが部屋に引きこもった理由は知れない。もしかしたら理由すらないのかもしれない。アイクのことだからそれもありうる。恋人が何をしでかすか、付き合いは短くないとはいえ、いまだにスネークはアイクを把握しきれていない。
スネークは悩む。
昨日の情事は無理をしたつもりはないし――むしろいつもより控え目だった、スネークからしてみれば――、
熟睡するアイクを部屋において黙って自室に帰るのもいつものことだし――今更気にかけることはないだろうし、そんな細かいことを気にする繊細さは奴にはない――、
朝食を一緒にとらなかったことに拗ねたのか――だから、そんな可愛げがあるものか――。
不審が心配に取って代わったのは、夕方になろうというのに一向に部屋から出ていないらしいアイクに気付いてからだった。さすがになにかあったかと疑いもする。
朝と変わった様子もない立ち入り禁止の張り紙を睨んで、ゆっくりとそのドアをノックする。
「アイク」
これで音沙汰なければドアを蹴破ってやる。
そう思っていただけに、
「スネークか?」
すぐに帰ってきた返事に脱力した。
「なにを引きこもってるんだ、お前は。いい加減出てこい」
怒っていたなら謝ってやるし、拗ねているなら宥めてやる、寝ていただけなら存分に呆れてやるし、可愛い悪戯のつもりなら小突いてやろう。
だがアイクは、
「嫌だ」
きっぱり言った。
「――おい・・・、駄々をこねるのも大概に」
「あんたに会いたくない」
ひくっ、と、頬が引き攣った。フー、とあからさまに溜息をついて、首を振る。
どんな顔でそれをのたまっていやがるのか見てやりたくなったから、スネークは足を半歩引いて構えた。ドアを蹴破ろう。
その前に情けないが、一応聞いておく。
「・・・俺がなにかしたってのか?」
「なに言ってるんだ?あんたはなにもしてないだろ?」
「あ?」
あんまりにあっさりと返してきたものだから、蹴破ろうと持ち上げた足が止まって、力なくドアに靴裏をつけただけに留まった。脱力だ。脱力して、スネークもあっさり返す。
「・・・まァ、そういや、そうだな。なにもしてないな」
「そうだろ」
アイクが満足そうに息をついただろうことは簡単に想像がついた。だがスネークは満足していない。俺が聞きたいことを聞けてないだろうが。
「じゃあどうして、お前はそこから出てこないんだ」
「どうしてって、あんた・・・・・、・・・・・・・・・・」
「・・・おい、アイク?」
急な沈黙は違和感ありありだ。ドア越しなのがもどかしいくらい沈黙は続いている。だいたい恋人の顔を見ることもせずに朝から部屋に引きこもりっぱなしなんてどういう了見だ。スネークはそれが不満でならない。やっぱりここはドアの一つや二つ、蹴破っておくべきか。沈黙はまだ続いている。これで立ったまま寝ていたりしたら流石にスネークもぷっつんする。忍耐が。
よぅし、と足を再度持ち上げたとき。
狙い澄ましたようにアイクの声が。
「風邪をひいたんだ」
やっぱり脱力して、スネークの蹴りは靴裏を添えるだけに留まる。一度目よりも勢いはあったから、ガンと大きく音をたてたけど。
額を抑えて蹲るくらいの脱力から回復して、それで、と言いながらスネークは立ち上がる。
「・・・風邪だって?」
「あんたにうつるのが嫌だから会いたくない」
それならそうと最初から言ってくれよ。そんな可愛らしい理由なら追及もしなければドアを蹴破ろうなんて考えも起きなかっただろうに。言葉が足りないのは今に始まったことじゃなかったしそういうとこも好きと言えば好きではあったが、さすがに今回ばかりは文句を言いたい気分だ。いや、アイクに悪気がこれっぽっちもないのはわかっている。スネークを散々振り回しておいて、悪びれた顔の一つもしていないだろうこともわかっている。だってアイクだから。
諦めたスネークはさっさと気を取り直した。それくらいできなければアイクの恋人は務まらない。スネークもこれでなかなか苦労しているのである。
ニヤリと笑って、ドア越しにからかい半分に言ってやる。
「なんなら俺が、付きっきりで看病してやってもいいんだぞ?」
「馬鹿か、あんた」
即答で切って捨てられたが。半分本気だっただけにカチンときた。それでも怒らない。スネークはこう見えて大人の男だった。紳士だった。
扉の向こうにもわかるような溜息だけですべてを水に流して、最後に一つだけ尋ねる。
「お前、飯は食ってるのか?」
スネークの記憶する限り、アイクは引きこもってから、というか早い話この日の朝からなのだが、一度も食堂に出てきていない、はずだ。朝飯時昼飯時、どちらもスネークはアイクを食堂で見ていない。
だがアイクは、
「当然だ」
こともなげに答えた。
いつ食ってんだ、とは聞けぬまま、「食わないと治るもんも治らないからな」と、それだけ忠告しておいた。
「・・・・・食って治るもんなら、いくらでも食ってやる」
アイクの食い意地のはった返事を聞いてゲンナリして、スネークはやっとドアの前を離れた。
特に心配はしていなかった。
アイクの馬鹿が風邪をひこうが、たぶんきっと、すぐに治ると思ったので。