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次の日、アイクは出てこない。
風邪はまだ治らないのだろう。

三日後、アイクは出てこない。
スネークが思っていたより、アイクに取り付いた風邪菌は強かったらしい。

五日後、アイクは出てこない。
アイクの姿も見ていない。声だけだ。少し苛々したから、アイクの部屋の前で煙草を吸った。ドア越しに、「その匂いは久々だ」といつも嫌がるはずのアイクが嬉しそうな声を出したから、スネークはちょっとだけ機嫌を直してやった。

一週間後、アイクは出てこない。
ドア越しに「まだ治らないんだ」とぬけぬけと言う声は、とても一週間も部屋に閉じこもるほどの重病人の声には聞こえない。そういえばアイクはだるそうな声を一度も出したことはない。本当に風邪か?と顔をしかめながらも、「悪い、スネーク」の一言だけでしぶしぶドア前から引き下がるのがスネークだ。ふて腐れながら喫煙にいそしんでいたら、マルスとメタナイト――というか主にマルスだけれど――にアイクのことを問い詰められた。「知らん」の一点張りで通したスネークはますます苛立って、無意識のうちに煙草の本数を増やしていた。今はそれを諌める相手もいない。

十日後、アイクはどうしても出てこない。
いい加減スネークも我慢の限界だ。アイク分が足りない。アイク分が足りないと、スネークは目に見えて不機嫌になる。ドア越しに聞くアイクの声は、相変わらずどう聞いても平気そうだ。仮病なんじゃないか、とスネークは疑っていたから、
「お前、本当に風邪なのか?」
今さらそれを聞いた。
「・・・・・・・・・・」
ドアの向こうでアイクは、やっぱり奇妙に沈黙する。怪しい。この上なく怪しい。何を隠しているんだか知らないが、スネークはもうそろそろ限界だ。乱暴に訴える前に、ドア越しに――このドア越しなのがまたもどかしくていけない――聞いた。
「俺に会いたくないのか?」
「ッ・・・会いたいに決まってるだろ!!」
思いの他、反応は強かった。ダンッ、と背を預けていたドアが振動する。アイクが内側から殴ったらしい。殴って怒鳴りたいのはこっちだ、と思うよりも、スネークはアイクの反応を訝った。
「ならどうして出てこないんだ」
「あんたに病気を移したくないからだ。前にそう言っただろ」
「移ってもいいからお前に会わせろ。お前に会えないほうが病気よりよっぽど辛いし酷だぞ」
聞きようによってもよらなくても、とてもくさい台詞だったはずだ。そんなものを抵抗なく持ち出せるほどスネークは苛立っている。声だけなんて拷問だ。ドア一枚隔てたすぐそこにアイクが居るんだろうに。やはり、アイク分が極端に足りない。
だがアイクは頑なだった。
「俺が嫌なんだ。どうしてもあんたに移ってほしくない」
「俺も嫌だぞ。どうしても俺はお前に会いたい。見たい。抱きたい。ヤりたい」
「黙れ変態」
照れ隠しか、少し焦った声で罵られて、スネークは小さく笑う。このやり取りも久々だ。アイクも扉の向こうでこうして笑っていたらいい。ついでにそのまま耐え切れなくなってドアを開ければいい。そうしたらスネークもこの苛立ちをすっきり吹き飛ばして、抱きしめてキスして押し倒すのに。妄想は簡単に下品な方向へ向かう。なにせ溜まっているもので。いろいろと。
「なぁ、アイク。開けろよ」
「・・・・・駄目だ」
「会いたい」
「・・・・・・・・・・すまん、スネーク。我慢してくれ。俺も我慢してるんだ。あんたも我慢しろ」
アイクらしからぬ頼りない声で言われて、その日もスネークは、しぶしぶ、本当にしぶしぶ引き下がった。部屋に戻って腐て寝しても気分は持ちあがらない。煙草を吸っても苛立ちは増す。なにを頑なに拒むのか。会いたいなら会えばいいだろうが。ただの風邪なのか本当に。俺があそこまで言ってやったのにそれでも開けないなんて。本当は俺に会いたくないんじゃないか。会いたいと叫んだときの剣幕は嘘なのか。なんなんだあいつは。苛々する。ああ苛々する。灰皿がいっぱいになったころにはもう夜も深くて、明かりの一つも点けていなかったから部屋は真っ暗だ。いや、かろうじて窓から見える月だけが明るい。月光に照らされて会えない相手を想うのもロマンチックだが、ロマンを思えるほどスネークの心は今は広くはない。むしろ狭い。そうとう狭い。最後にフー、と深く息をついて、決めた。
夜這いしよう。





ナイトビュアを装備し、すでに消灯された通路を歩いていく。アイクの部屋は遠くない。スネークは足音も立てずに歩いていく。なにせ潜入捜査は得意中の得意だもんで、誰かに出くわそうともなんとかできる自信はある。だが、アイクの部屋は前述の通り遠くない。結局、誰とも会わずにもう散々焦らされたドアの前に立った。ドアノブに手をかけて、回す。案の定、しっかり鍵がかかっていた。まあ、取り乱すことはない。予想の範疇だ。問題もない。
スネークはバラッと何かを取り出した。カードキーだ。見たところアイクの部屋の鍵はカードキーなんて上等なものではなくとてもアナログな鍵穴だったが、スネークの手持ちは生憎カードキーしかない。だがスネークは困らない。なにせ不可能を可能にする男だから。なにをどうすればそうなるのか、スネークはあっという間に鍵を開けてしまった。だって不可能を可能にする男だから。ノブを回す。が、ドアは開き切らずに、わずかな金属音をたてて止まってしまった。ドアチェーンだ。なぜこんな物が、と眉をしかめる。
前にアイクの部屋に入ったとき、こんな物はなかった。無論、スネークの部屋にもない。なんだこの周到さは、とうんざりしながら、スネークは何食わぬ顔でハンドガンを取り出す。サイレンサー付きなのは言うまでもない。たかが夜這いにこの重装備。スネークも大概周到深い。戸惑いもなく引き金を引く。パシュ、と小さく空気が鳴った直後、ドアチェーンが弾けた音が少々煩わしく響いたが、この程度じゃ起きないだろうと高を括る。その通り、部屋の奥からは身じろいだ気配すらない。
さてそうして阻むものがなくなればドアもすんなり開いて、スネークはさっと部屋に入るとドアを閉めて再び鍵をかける。ドアチェーンは壊してしまったから、残骸を端に寄せる。
そこまで済ませてスネークはダンボールを被った。万が一のためだ。こんなこざっぱりしたアイクの部屋でダンボールを被れば逆に目立つ。多分見つかったらすぐにバレるだろうが、これはスネークのこだわりでもあるからツッこまないでいただきたい。ずりずりダンボールのまま進んでいき、止まる。
ベッドの上。そこにアイクはいた。規則正しく呼吸して眠っている。熟睡だ。だらしなく涎まで垂らしている。人の気も知らないで呑気なアホ面を晒すアイクだが、スネークは久々に見た恋人にじわじわ湧き上がる何かを感じた。
言うまでもなく性欲だ。





ダンボールを取り払ってそっと置き、ベッドに手をついて乗り上げる。下になったアイクはまだ熟睡中だ。馬鹿だなァ、不用心だなァ、とかぼんやり思いながら、顔を近づけて試しに涎を舐めとってみる。ピクリともしない。まあしょうがない、アイクは鈍感だから。舌で顎の下からなぞり上げ、唇をぺろりとやってみても動じない。
アイクの口は無防備に開いている。おいおいそう誘ってくれるなよ、と勝手な思い込みでニヤニヤしながら、スネークはアイクに口付けた。もちろん深く。舌を滑り込ませて、くちゅくちゅ存分に掻き乱せば、ようやくアイクもピクリと身じろいだ。その目が開く前に、スネークはアイクの腕ごと抱きしめる。
(あー、そうだ。このなんとも言えない抱き心地の悪さ。これを堪能したかった!)
アイクは女のように細身ではない。肩幅はそこそこしっかりしてるし胸板もまあまあ薄くない。一見華奢だが、マルスより体格はいい。スネークよりも小さいとは言え小柄でもない。筋肉だってついている。それをぎゅうぎゅう抱きしめて、微妙すぎる抱き心地を久々に味わう。
抱き心地は微妙とはいえ、アイクの細い腰はお気に入りだ。その細腰にこれから負担をかけると思うと少し罪悪感が湧くが、今さらだしアイクはそこまで柔じゃないし散々焦らされたのだから自業自得だと思うと僅かな罪悪感は簡単に吹き飛ぶ。お気に入りの腰を撫でたところで、スネークに開発された体が跳ね、ようやっと瞼がうっすら持ち上がった。
ずいぶん久しく、アイクの青い瞳と目を合わせた気がする。それから少しの間、アイクは覚醒しきらずぼおっとして、スネークも気にせずキスを続ける。が、アイクの目がハッと見開かれた瞬間、ガチリと勢いよく噛み合わされた歯から身を引いて逃れて、スネークはアイクを見下ろした。青い瞳は照れ隠しでもなく怒っている。
「っにしてんだ、あんたッ!?」
「夜這いだ、夜這い。お前こそまた俺の舌を噛もうとしやがったな?危なかったぞ」
「ふざけたことを言うなッ!離・・・ッせ!あとさっさと出てけ!!」
「せっかく来てやったのに、その言い草はないだろ?」
アイクの体はスネークに圧し掛かられている上、やはりぎゅうぎゅう抱き締められている。離せ離せと喚いてもがくが、スネークの腕は緩まない。余裕ぶってにやにや笑うスネークを、アイクは殺意さえ感じられるような視線で睨みつける。
「離せ。出てけ。二度と来るな」
「もう充分焦らされたんだ。ここで退けるか」
「知らん。あんたの持て余された性欲は俺にはなんの関係もないッ。早く出て行け!」
「元気そうじゃないか、アイク。病気だなんて言うから心配したんだぞ?」
「そうだっ俺は病人だ!あんたに移したくないんだっ、頼むから出てってくれ・・・!」
出てけ出てけと繰り返されて、スネークは不満げに顔をしかめる。もちろん、出ていく気なんて微塵もない。ようやくアイクに会えた感激に浸っているというのに、アイクは無粋だ。だいたいアイクは嬉しそうな顔の一つもしない。顔を歪めてひどく鬱陶しそうにスネークを見るのだ。会えた喜びがすぅっと冷めていく。
「おいおい、久々に俺に会えて嬉しいとかないのか、お前は」
「あるわけがない!なんのために俺がこの部屋から出なかったと思ってるんだあんたッ。・・・あんたになんて、会いたくなかった!」
激情をあらわにしているアイクは、自分が叫んだその言葉に、スネークが口を閉ざしたのに気付かない。目を開けてスネークがいるとは思わなかった。会いたかったといえば一番会いたかったのだが、会いたくなかったといえば一番会いたくなかった相手だ。とっさに混乱して、とにかく怒鳴る。
「俺の部屋に入るな!俺と同じ空気を吸うなッ!出てけ、スネークッ!」
アイクの混乱に気付かないスネークは、完全に凍りついた。ここまで言われるとは思わなかった。いやいや、いくらなんでも言いすぎだ。俺をなんだと思ってるんだ。アイクは離れようともがいている。その抵抗がまたいやに癪に触って、アイクの言葉にも地味に傷ついていたから、スネークは額に血管を浮かびあがらせながら、口の端を持ちあげて、嫌な具合に笑った。

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