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「ねえ、アイク。入れてよ。恋人でしょ」
ドンドン、開かないドアを叩き続ける。
アイクが引きこもって数日。具合が悪いんだ、とドア越しに訴えるだけで顔すら見せようともしない相手に、ピットの苛立ちもそろそろ限界に迫っていた。
「看病してあげるのに」
恋人なんだからさ、と言ってみても、「いや・・・、別に、いい」なんて曖昧に返されて苛々するし。
第一、アイクは部屋から出てこようともしない。
引きこもってからは飯も食べてないはずだ。フィギュアだから飯抜き程度では死なないかもしれないけれど、ピットの記憶していた限りアイクは食が大好きだったから、少し心配だ。
ピットはこう見えてアイクをうんと愛しているのだから、恋人らしくものすごく心配したりもしている。
ずっと無言を保つ彼に、もしかしたら中で倒れてるんじゃないかと思い始めるくらいには、不安だ。
「アイク。大丈夫なの?そこにいるの?寝てるの?起きてるの?倒れてるの?どうなの?ねえ?ねえったら」
ドアを叩く手に力がこもっていく。
いい加減、限界。
「開けろ、ってば・・・!!」
「開ける」
いい加減ドアを蹴破ってやろうかと身構えたのと同時だった。
頑なに閉じられていたドアがあっさりと開いて、ずっと見ていなかった恋人の姿が、そこに。
「アイク!」
「ピット」
「っもう、なんで開けないんだよ!ボク、すっごい心配してたんだよ!?」
アイクはかすかに眉をしかめて、何かを言いたそうな顔をしたが、結局、「・・・・・ぁぁ、すまん」とだけ呟いて、目を逸らした。
はっきりしない態度に、またピットはムッとしたが、今は久々の再会をとにかく喜ぶ。
「ずっと何も食べてなかったでしょ?倒れてたんじゃないかと心配して・・・ああ、食堂いこっか?なにか食べたいでしょ?」
「言われてみれば腹が減ったような気がする・・・・・、・・・いや、待て、ピット。食堂はまだいい」
空腹にも気付かなかったらしいアイクに笑って、腕を引っ張ろうとして、アイクに止められる。
今まさに歩こうとしていたから、動かないアイクに逆に引っ張られるように少しだけ体勢を崩した。
それが気に食わなくて、憮然として見上げる。
「なに?」
「話があるんだ」
「食べてからでもいいでしょ」
「・・・・・いや、多分、そうしたら言い出せないかもしれない」
「?」
ピットは首を傾げたが、アイクのほうはいたって真剣な様子で、ピットをじっと見下ろしている。
アイクにまっすぐ見つめられると弱い。その自覚もあるから、ピットはそれ以上何を言うでもなく、こくんと素直に頷いた。
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アイクの部屋、寝台の上に並んで座って、まずは他愛ない話をする。
こうしてふつうに話をするだけの時間が、アイクは好きだった。話もそれなりに弾むし、それなりに楽しい。
ピットは決して悪い奴じゃない。それはわかってる。わかってるが、言わなきゃならない。
ピットの目が探るように見据えてきて、そろそろ潮時だと思った。
「なあ、ピット」
「なに?」
「終わりにしようか」
フッ、と力なく笑ってしまったのは、無意識だ。ピットはきょとんとしていている。わかっていないのか、認めたくなくて誤魔化しているのか。
「終わりって?」
わかりやすく言ってやろう。
「別れよう」
決めたのだ、アイクは。目に見えて強張ったピットを、じっと見守る。
逆上するか、罵られるか、殴られるか、どう出るか。
想像に反して、ピットは静かなものだった。
「・・・・・・・・・・なんで」
「俺は、これ以上は無理だから」
グ、とピットの眉が寄る。怒ったのか。
「許さないって、」
言いながら、ピットが手を上げたが、慣れたものだし、じっと観察していたから、アイクは動じずに腕を上げる。
ピットの腕を止めるのは、案外簡単だった。もともと力はアイクのほうが断然強い。掴んだ腕をそのままに、動揺して揺れたピットの目を覗き込む。
「許すも許さないも、あんたの許可をもらう必要はないんだ」
「アイク・・・っ!」
「俺は、あんたの物じゃない」
「ッ!」
なにそれ、とピットは思ったが、言葉がうまく出てこない。
「ボクは、アイクを物として見てなんて、」
「いただろう?」
そう思われていたことが、ピットには不本意だった。彼は彼なりに恋人を愛していたつもりなのだ。
「なあ、ピット」
「・・・・・な、に」
「あんた、本当に俺を愛していたのか?」
「・・ッあたりまえっ、」
「悪いが、俺はそうとは思えなかった。思えなくなった」
最初から、ピットのそれは幼い独占欲だった気がする。思い始めたのは最近。ずっと恋情と勘違いしていたけれど。
ピットは、思いがけないことを言われて思考が止まったのか、呆けた顔で黙っている。
「別れよう」
「・・・・・やだ」
「ピット」
「いやだ」
「聞き分けろ」
「いやだ・・・!」
「もう、無理なんだ。少なくとも俺は、あんたの言う“愛”を受け止める自信はない」
「ッ!」
激情に駆られて立ち上がったピットを、アイクは黙って見上げる。
それを見下ろして、悔しそうに顔を歪ませてピットは、アイクの部屋を飛び出した。
だが、それを止めようとは思わない。
これで、いいのだ。
「いいはずだよな?」
自信はないけど、そうでも思い込まないと、やるせなさに叫びだしそうだったので。
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あいかわらず周りの目は痛いし、遠巻きに見られている気はするが、アイクはもうそんなのを気にしたりはしなかった。
もともと、周りの目を気にするほうじゃない。
それに、アイクの中では決別がついたつもりだったから、前ほどの居心地悪さを感じることもなかった。
食堂に一人で座りながら食べる飯も、いい加減慣れたものだし。
それでも今日は、一人ではなかった。
「よう」
「・・・・・あんた」
スネークが、向かいの席に座ったから。青い目を瞬きさせながら見返すアイクに、スネークは軽く笑って見せて、言う。
「久々にお前を見たぞ」
「そうだろうな、俺にもいろいろあったから」
ひきこもりから始まって、別れ話のいざこざまで、アイクはピット以外の他の誰とも会っていない。
実際はそう長い間ひきこもっていたわけでもないが、精神的には確かにいろいろあったから、本当に久々だと、アイクも思う。
スネークの変わらない態度に安心して、「あんたのせいで恋人に詰られて大変だった」と軽い調子で愚痴れば、「それは悪かったな」なんて悪びれもせず返された。
スネークは、視線を左右に動かしながら尋ねる。
「それで、その恋人はどうした?姿が見えないんだが」
「さあ」
「おいおい」
「もう、俺とピットは恋人じゃない」
スネークが僅かに目を開く。驚いてるのか、と様子を窺ったが、そのときにはもうスネークはいつものふてぶてしい顔をして、クツクツ笑っていた。
「そうか、別れたか」
「ピットには悪いことをした」
「お前が悪いんじゃないだろう」
「これでもけっこう、苦しかったんだ」
アイクはアイクなりにピットが好きだったから、未練だってないとは言い切れない。
「でも、まあ。しょうがない。これ以上だらだらやってたら、多分俺もピットもダメになってた。・・・気がする」
「そうだな。それでなくともお前らはすでにもうダメダメだったからな」
口の端をあげて笑われて、アイクは不本意に思って片眉を上げる。
「そんなにダメダメだったか」
「ダメダメだったさ」
「難しいな、恋愛ってのは・・・」
真面目くさったアイクのため息に、スネークは思わず噴出す。アイクが恋愛を口にしているだけでギャグに近い。その反応にアイクは顔をむっとさせたが、つっかかることはなく食べかけの食事に意識を戻しただけだった。
いつも、食事時には隣に居たはずのピットはいない。
食堂内にはその姿はない。それどころか、別れを切り出してピットが部屋を飛び出して行ってから、あれの姿を一度も見ていなかった。
スネークと会話しながらも、アイクは視界の端だけでピットを探す。
どこにもいない。
姿さえ見えない。
不安になったが、もう関係ないじゃないかと、無理やり思うことにする。
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頬を殴られた。拳で。出会い頭に。
アイクには特に心当たりもなかったから、ワケがわからずに痛む頬もそのままに、ぽかんと瞬いて、殴ってきた相手をただ見返す。
隣を歩いていたスネークも呆然としていて、ただ、アイクを殴ったマルスだけは、自分の拳を抑えて、アイクを睨みつけていた。
憤るよりも、この王子然とした男でも殴るときは平手じゃないんだな、とどうでもいいことに感心したアイクは、内心かなり混乱している。まだ、見ていただけのスネークのほうが動揺は少なくて、すぐに顔をしかめた。
「おいおい、なんなんだいきなり」
マルスの目が、やっとアイクから逸れて、スネークを睨む。気性は穏やかなはずの王子は今、どう見ても穏やかならぬ様子で、一方的に責めるような目をしている。
だが、マルスがスネークを見遣ったのは少しの間だけで、すぐにまたアイクへ詰問の目を戻した。
「・・・ピットに、」
マルスが搾り出した言葉に、アイクの目が無意識に眇められる。
「何をした?」
張り詰めた声に、マルスの苛立ちようが嫌でもわかる。スネークは変わらず顔をしかめていて、アイクは静かに相手を見返して、言った。
「何も」
とたんに、もう一度マルスが拳を振り上げたが、その腕をスネークが止める。アイクは自分で、かわすなり抑えるなりしようと思っていたから、少し意外に思ってスネークを見て、またマルスを見返す。
頬が痛むのに、叩かれるのにも慣れてきたな、とのん気に思った。
マルスは、どうして怒っているんだ?
「何もしてない。最近は会ってもいないし姿も見てない」
「どういうことだよ」
「ピットとはもう別れた。それからは、なにも知らん」
「・・・・・最ッ低だね」
心底からの侮蔑に、少なからず苛立ったが、それ以上に苛立っていたのはスネークだ。
マルスの腕を押さる手に力がこもる。マルスが呻いても、スネークは気にしない。
「離してよ、スネーク。痛いじゃないか」
「お前は何が言いたいんだ、マルス。アイクを罵る意味がわからん」
スネークは腕を解放してやる。またアイクを殴ろうとしたら、今度は体ごと抑えてやるつもりだ。
マルスは腕をさすったが、目はアイクに向いている。アイクは、疲れたような声を出した。
「・・・ピットが、なにかしたのか?」
「なにかしたのかって、なにかしたのは君だろ?だからピットは、あんな・・・」
「なにか、あったのか?」
「・・・・・君のせいでね」
マルスが吐き捨てるように言うのに、アイクの双眸が険を帯びる。
俺のせい?
アイクには意味がわからない。別れたはず、断ち切ったはず、なのにどうして、俺の責任が出てくる?
ピットはいったい、どうしたんだ?
「マルス、」
詰問口調になったアイクに臆せず、マルスも十分に棘のある口調で言う。
「もう、ピットには会わないで。君と会わせたくない。君と会わないのが、ピットの為なんだ」
なにを、と更に言い募ろうとするアイクに、マルスはさっさと背を向けて拒絶を示す。
突然殴って言うだけ言って突然去っていったマルスに、取り残される形でアイクもスネークも立ち尽くす。
ピットになにがあったっていうんだ。
悶々とこみ上げる苛立ちに、アイクは顔をしかめて、珍しく舌打ちを吐き棄てる。
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死んでやろうと思った。
あんたのせいでボクはここまで追いつめられたんだって、詰ってやろうと思った。
なのにいざ自分を斬りつけてみてもうまくいかない。刃がうまく食いこまなくてイライラする。もどかしい。
とろとろした血ぃみたいなものは溢れてくるのに、痛みは一向に感じない。悲劇っぽさが足りなくて、苛立ちが増す。こんなんじゃ、この程度じゃ、思い知らせてやれないじゃない。ボクがどんな気持ちでいるか!
あんたのせいだ。ボクがこんな可哀想なことをして、ボクがこんなに苦しんで、ボクが死んでしまうのは、あんたのせいなんだよ。
わかってるの、 ?
・・・・・あれ?
ボクは、誰のせいで誰のために死にそうになってるの?
なにか大事なモノが自分で切りつけたところから溢れていく。とろとろしたものがとろとろ溢れていく。大事なもの、それはなんだっけ?頭の中が空白になっていく。
ボクはどうなってしまうの?
怖い、怖いと震えながら、暗い淵に沈んでいくボクを、誰かが呼ぶ声がする。
ああ、助けに来てくれたんだね、ボクの、大好きな――・・・。
瞼がゆっくり上がりきっても、ピットは自分が目を開いたことに気付けなかった。茫洋とした目はなかなか焦点を結ばない。
次第に澄んでいく視界が色をとらえる。
青、青色。
その色を認めて、なかば無意識でうっすらと微笑んだ。何となく嬉しかったのだ、ピットは。
視界が晴れる。微笑み返す淡い青の目を見つける。
かけられたのは、ピットを気遣う優しい言葉。
「ああ、よかった、ピット!死んでしまったんじゃないかと・・・、本当に・・・よかった・・・!」
あれ?
違和感に笑みが消える。
なにか違う。ピットが求めていたものと、なにかが違う。なにが、違う?
どれほど考えても、もやがかかったようにはっきりしない脳内じゃ、その違和感の正体もわからなかった。