オリキャラとマルスの軽い絡み表現あります。
加えて果てしなくアイマルっぽいです。さらに王子が乙女すぎて目も当てられません。
ご注意ください。





2

 狸顔のその商人は、来るたび必ずアイクを伴って部屋へ上がった。アイクはいつも変わらず、扉近くに座して僕を警戒している。商人はアイクを時折ちらちらと見ながら、僕に触れる。僕は、商人に揺さぶられながら、アイクの強い視線をずっと感じている。アイクは、僕たちが寝ても眠ることなく、じっと座り続けてこちらを見続ける。

 それが何度か続いたころ、僕は気付いてしまった。狸顔のこの商人、目の中に僕に向けるのと似たような色を浮かばせて、アイクを見ているのだ。好色そうな目、でも僕に向ける熱っぽい目じゃなくて、もっと冷たくてギラギラした目。この男はアイクのような粗野っぽいのは好かなさそうだと思っていたけれど。目の中に執着心が見て取れる。
 商人は、僕との情交をアイクに見せたくて、彼をつれてきているのだろうか?
 アイクの反応を食い入るように見ている商人を見上げながら、あまりに下種なこの男に、一瞬だけ殺意が沸いた。アイクの手が、その瞬間だけ鉄串に触れていただなんて、このときの僕は知らなかったけど。

 「…君、気をつけたほうがいいかもね」
 「どういうことだ?」
 「狙われてるよ」
 「狙われてるのはこの男だろう」
 アイクの指すこの男は、今日も今日とて暢気にいびきをかいて寝入っている。コトが終わったあと、すぐに深い眠りに落ちるのはこの男の特性だ。並大抵のことでは起きない、その寝汚さに以前は呆れていたけれど今はそれが有難い。
 警戒心むき出しだったアイクは、めげずに何度も話しかけた僕の健気な努力によってようやく会話をしてくれるようになった。僕の粘り勝ちだ。ここ最近は、動こうとしなかった扉脇から立ち上がり、話しやすいようにか僕のいる布団のほうに来てくれる。この距離の差が僕とアイクの心の距離を表しているわけ。悪い気はしない。
 だから僕はくすくす笑いながら身を起こす。なぁんにもわかっていないとでも言うような間の抜けた顔をしたアイクの頬に手を伸ばして、滑らせる。アイクは身構えもしなかった。僕を信頼しているのかな、とでも前向きに捉えておく。
 「この馬鹿な男は命を狙われるほど大物じゃないよ」
 「ならば俺はなぜこの男に雇われた?狙わているから、用心棒が必要なんだろうに」
 「さぁて、ね。僕が思うに、この男、君に気があるんじゃないの?」
 笑いながら告げたが、アイクはまるで解せないとでも言うように顔をしかめるだけだった。
 「確かにこの男は男色らしいが・・・、俺はあんたとは違う」
 「へえ?」
 僕は笑う。
 「お偉いお侍様は、僕みたいな男娼なんかと一緒にしてもらいたくないって?」
 「・・・・・そんなことは言ってないだろ」
 「だってそう聞こえたから」
 アイクの言葉に深い意図がないことくらいわかっている。僕はただからかいたかっただけ。
 読みどおり、不器用な用心棒さんは眉を下げた情けない顔をして、僕に向かって頭を下げた。
 「すまない。あんたを蔑む意図はなかった」
 なんて真面目でまっすぐな人なんだろう。
 アイクのつむじを見下ろしているうち、僕の中でまたむくむくと悪戯心が芽生えてくる。
 「本当に?そんなことを言っておいて、本当は僕のことも気持ち悪いと思ってるんじゃないの?」
 いつもいつも、男同士の性交を見せられて、用心棒なんて立場柄、見たくもないのにじっと目を離さず注意してなきゃならなくて、今でこそこうして僕に近付いて話をしてくれているけれど、君の本心はどこにあるの?
 アイクを睨むようにして見つめる。戯れのつもりが、なんだか本当に気になってきてしまった。アイクの力強い双眸が僕に向けられるから、僕はそれをまっすぐ見つめ返す。
 じっ、とそれはもう熱く熱く見詰め合った末、アイクは思いのほか強い口調で言った。
 「思わない」
 聞いて、不意に笑いがこみ上げた。
 僕は耐え切れずにくすくす笑う。アイクが訝しげに顔をしかめても、駄目だ、止まらない。
 嬉しかったのか、可笑しかったのか、わからなかったけれど、アイクの答え一つで僕はとんでもなく上機嫌になってしまった。ハイな気持ちが笑いにつながったのかも知れない。
 高ぶった神経のまま、僕はアイクの首に抱きついた。
 「っな、」
 「君に気味悪がられてなくて嬉しいよ」
 ぎゅうっと抱きついて、肩に顔を埋めれば、戸惑って強張っていたアイクがやっと弛緩した。僕を抱き返すことさえしなかったけれど、気味が悪い鬱陶しいと押し退けられなかっただけ上出来だ。アイクは本当に僕を嫌がっていない。
 依然困ったような気配を漂わすアイクに抱きついたまま、僕は今までに感じたことのない幸福感に包まれていた。
 ああ、と思わず嘆息する。
 寝入っている商人のことなんて頭に一切残っちゃいなかった。今このとき僕の頭を占めるのはアイクだけだ。
 アイク、ああ、アイク。
 「マルス」
 まるで僕に応えるようにアイクが僕の名を呼んだ。もしかしたら無意識に心の内を声に出して言っていたのかも知れない。
 もちろんアイクの声に僕が反応しないわけがなくて、思わず彼に向けて顔を上げる。
 抱きついているのだから、当然僕とアイクの距離は近かった。それでも僕は驚いてしまった。アイクの顔がこんなに近いなんて、予想もしていなかったものだから。その上、アイクときたらなんて凛々しい顔をしているんだろう。
 まっすぐ僕を見返す目は、いつもより険がない。無愛想なアイクがらしくもなく照れているのかもしれない。だって、間近にある頬がうっすら赤いなんて気付いてしまったのだから。こんなに男前なのに、可愛いんだ、アイクときたら。
 もう頭の中が熱くなってきてしまって、思考がぼやけてきた。男娼なんてしておきながら、いまさらこんな"うぶ"な気持ちになるとは思わなかった。心臓がドクドクなっていて、身も心も蕩けて全部投げ出してしまいたくなる。僕を抱くアイクに、なにもかも任せてしまいたくなってしまった。僕は今、アイクが愛おしくてならないのだ。
 アイクと見詰め合って、瞳が潤んできた頃合に、僕はそっと目を閉じる。
 アイクの肩が、一瞬だけ強張った。僕が何を期待しているか、きっと理解したのだろう。
 ここで退くようなら、僕は思いっきりアイクを軽蔑する。とんでもない意気地なしだ、とか、僕に恥をかかせた、とか、やっぱり気味が悪いのだろう、とか、散々に詰ってやるつもりだった。
 けれどもアイクは退かなかった。目を閉じる僕の鼻先にアイクの吐息がかかる。そうだとも、あんなに男らしい顔をしたアイクが、ここで退くはずがない。
 こんなに心から待ち望んで、期待する口づけは初めてだ。心臓がドクドク信じられないくらい鳴っていて、知らず握りこんだ両手が震えた。
 なんて焦れったいのだろう、僕がこんなに待ち焦がれているのだから、アイク、早く来てよ。

 僕は口付けを待っていて、アイクもそれに応えようとしていたから、当然僕らの間に会話はない。
 お互いだけに集中して、それ以外のものなんて眼中にもなかった。
 今にも触れるか触れないかの距離、そこまでしておいて、お約束は訪れる。

 「・・・ううーむ」
 「「!!!」」

 図ったようなタイミングでうめき声を上げたのは、存在を忘れていた商人だ。
 声自体は大きな音でもなかったけれど、なんてったって僕とアイクは完全に二人の世界に入り込んでいたのだから、それを突然割られてしまっては、通常以上に反応も大きくなってしまう。緊張が一気に解けて、僕とアイクは互いを突っぱねるようにしてサッと距離をとった。出来上がっていた雰囲気もご破算だ。アイクは顔を逸らして僕と少し距離を開けてしまったし、僕はもう一度アイクに抱きついて口付けを強請ろうなんて気も殺がれてしまった。
 それでもやっぱり惜しいものは惜しくて、僕は思わず恨めしい目つきで天下泰平な寝顔を見せている商人を睨みつける。
 アイクが言いづらそうに口を開いた。
 「あんた・・・、殺気が出てるぞ」
 「・・・・・だって・・・」
 「あんたがその男に殺気を向けると、俺もコイツをあんたに向けなきゃならなくなる」
 アイクの手が、腰に帯びた刀に触れた。わかっている、そんなこと。アイクはこの男の用心棒だ。
 それでも僕は面白くなくて、子供のように頬を膨らませる。アイクが商人の肩を持つのが気に食わなかった。
 せっかくとてもいい雰囲気だったのに。僕は恋を自覚してしまったのに。自分から焦がれてやまない思いをしたのは初めてだったのに。文句を並べ立てろというならいくらでも出てくる。なにせ僕は不満でならなかった。
 アイクはそれ以上何も言ってこない。僕は彼から顔を背けて布団へ潜る。もうあんまりに面白くないから、不貞寝してやるのさ。
 アイクが戸惑っている気配を感じる。ここで君が僕に気の利いた言葉を一つかけてくれたのなら、僕はすぐに布団を跳ね除けて君に抱きついてあげるのに。そうしたら今度こそ・・・。
 思ってはみるが、アイクにそんな芸当が出来るはずないというのは、短い付き合いでもすでにわかりきったことだった。
 布団の中からアイクの様子を探っていると、彼はすっと立ち上がった。それからどうするのかと思えば、足音を潜めながら元の定位置に戻って行ったではないか。
 これでもう僕は完全にへそを曲げてしまって、ふん、と一つ鼻を鳴らして目を閉じる。

 それでも、本当に期待していたのだ。
 アイクに抱いたこの気持ちは嘘じゃない。退屈続きの僕の世界に彩をくれたのは間違いなくアイクだ。
 ぼんやりしていた好意が、さっきの出来事で完全に固まって形を持ってしまった。
 自覚してしまったからには、商人に気兼ねすることなく二人だけで過ごしたいじゃないか。

 「・・・君が僕を買ってくれればいいのに」

 ぽつりと呟いた本心に、アイクから返ってくる言葉はなかった。
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