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彼はいつも僕を買う商人の用心棒だ。面食いの気がある商人は、用心棒まで見目のいいものを囲んでいるらしい。 商人はこの日、なんの戯れか、件の用心棒を部屋にまで連れてきた。 それが、僕と彼のはじめての邂逅だ。 商人の狸顔に向かいながら、僕の意識は用心棒の彼にばかり向いていた。鋭い視線で彼は僕を見ている。背筋がぞくぞくした。 ずいぶん若い剣士だ。年のころは僕と同じくらいかもしれない。二十にはなっていないと思う。 見目は悪くない。まだ幼さは残ってるけど、精悍な顔つきをしている。なにより目がいい。研ぎ澄まされたように鋭い群青が二つ。きれいだ、とっても。僕は本気でそう思った。 扉近くに座したまま動かない彼を気にしながら、僕は商人に向き直る。この男は上客だった。財を蓄えていて男色家。僕はこの郭で一番の男娼で、下手な娼婦を買うよりもよっぽど金がかかるが、それでも男は金を惜しむことなく積み、僕を買う。何度も。僕が気軽に質問できるほど見知った関係になるくらいに。 「彼にも振舞ったほうがいいのかな?」 商人の盃に酒を注いでから、目線で用心棒の彼を指す。商人もそれを見やってから、首を振る。 「出したところで飲まんよ、あれは」 どうやら彼は見た目どおりにお固いらしい。そう、と肩をすくめて僕も盃を傾ける。そうしている間にも彼の視線は外れない。鋭すぎて背筋がぞくぞく。居心地が悪いような、いっそ快感なような。視線に欲情なんていくらこんな職だからって洒落にならないけど。 横っ面に痛いほど視線を感じながら、僕は商人にしなだれかかる。視線の鋭さが増した。とても気になる。視線だけじゃなくて、用心棒さんそのものが。彼は、なんなんだろう? 「あんな若い用心棒さん、いつから囲っていたの?」 「少し前から雇うようになってな。見目は悪くないだろう?私はそこが気に入っている」 商人が笑う。そう、この男は若くて見目のいい男が特に好きだ。 「でも、あなたの好みは女のような顔をした華奢できれいな子だと思ってたけど」 彼はちょっと、凛々しいし粗野だし、体も細身とはいえ筋肉がしっかりついているのがわかるし、ちょっとどう贔屓目に見ても女子のようには見えない。いや、そんな見目のお侍さんってのもおかしいけど。 商人はちら、と用心棒さんを一瞥して、すぐにまた僕を見た。上から下へ、どうやら僕と彼を見比べているらしい。 「そうだ、お前のように美しいのがよっぽどいい。けども侍なんて無骨な輩の中からようやく若くて悪くない顔をしたのを見つけたのだ。あれでも良いほうだ」 「ふぅん・・・。彼は強いのかい?」 「さあて。今のところは私もおおっぴらに刀を向けられたこともない。そういえば腕っ節はみたことがなかったな」 「やだなぁ。もしものとき役立たなかったらどうするつもり?」 「心配してくれるのか?」 「僕はいつでもあなたを心配しているよ」 媚を売るのが僕の商売だけれども、嘘は言っていない。金払いはいいから、どっちかというと死なないでほしい。この男は紳士を気取っていて、僕の扱いも粗末じゃないから、相手をしていても楽だ。その点男は質のいい上客で、そういった意味では心配しているというのも嘘じゃない。 僕らの会話は聞こえているのだろうが、用心棒さんの視線は揺るがなかった。腕っ節についてとやかく言ったときは少し拳に力を入れたらしいけど、とにかくひたすら僕を見ている。男娼が珍しいとか、僕が魅力的だとか、そんな理由じゃないだろう。そんな可愛いもんじゃなくて、明らかに僕を警戒している。用心棒だというし、僕がこの男に危害を加えるとでも思っているのかな。ちょっと心外。 彼に笑いかけようかな、とも思ったが、なんだかますます警戒されそうな気がしてやめておいた。 僕の仕事はこの商人を構うことだ。あんまり用心棒さんを気にしすぎると、この狸顔の中年は年甲斐もなく拗ねてしまう。 商人に注がれた盃をくいっと煽り、僕は商人に向き直る。 さてどういたします?舞いましょうか奏でましょうか、このまま談笑もよいですね。 くすくす笑いながら一応問うてはみたが、なんとなく男が言い出すことはわかる。今日はここに入ったそのときから、男はずっとぎらぎらした目で僕を見ていたのだから。 「それらもいいが」 言いながら、男は僕の手を引いた。向かう先は一つ襖の向こうにある寝床だ。すでに用意されていた布団に導かれて、大人しく寝転がる。 「今はなによりお前を味わいたい」 男に見下ろされて、僕は目を閉じた。暗くなる視界でますます強い視線の存在を感じる。襖は閉じられていない。彼は、変わらずそこから見ているのだろうか。 見られることを承知の上でこの男は彼を連れてきたのだろうか。なにがしたいのだろうか。 着物を剥がれて、体に男の手が触れてもなお、僕の意識は強い視線に向いていた。 組み敷かれながら、わかったことがある。 商人は、僕を攻め立てながらも時折意識をよそへ向けていた。 よそといっても僕の与り知らない遠いところではない。すぐ近く、そう、言うならば扉近くに座したままの、用心棒さんに。 彼の視線はまだ感じる。僕はその視線にも犯されているようなものだ。相変わらずとても強い。揺らいでいる感じはしない。男同士のこんな行為を見せ付けられているのに。 商人は彼をたまに見ながら、僕を思うまま貪っている。贅沢な男だなぁ、と思いながら、僕はただ快感を追いかける。 いつになく商人は盛っていた。観客が一人いたのも原因かもしれない。僕だっていつも以上に感じ入るところがあった。それほどに彼の視線は強かった。 商人は精根尽きたように寝入っている。僕はそれをぼんやり眺めて、だるい体を動かして、上体だけ起き上がる。それから扉のあたり、いまだそこに座している用心棒さんを見やる。彼はまだ僕を見ている。 「君は寝ないの?」 灯りを消した室内は暗い。僕のもとから用心棒さんのもとへは少しばかり距離があるから、彼の姿は闇にまぎれて見えない。けれど、感じる視線だけは確かだったから、寝ていないのはわかっていた。 僕の声は、彼に届いたと思う。隣で寝ている商人を少し気にしていたから、たいして大きな声は出さなかったけど、こうも静かな部屋の中だから、きっと届いたはずだ。 それでも、返るのは沈黙だった。 なに、無視するわけ? 少しむっとした。僕は彼を気遣って声をかけたっていうのに。 「ねえ、寝てるわけじゃないんでしょ?それとも君は喋れないの?」 自然と声を荒げてしまった。隣で商人が少し身じろいでハッとしたけど、それ以上の動きはない。 危ない危ない、と思って細く息を吐いたとき、闇の中から声が聞こえた。 「俺は用心棒だ」 低く抑えた声だった。無意識に僕の口元に笑みが浮かぶ。嬉しいのかな、なんだかよくわからないけど、僕は興奮しているみたいだ。この部屋に入ってからずっとむっつり黙り込んでいた彼が、ようやく話してくれたのだから! 「知っているよ」 「その男の命を守るのが仕事だ」 僕の隣で暢気に寝ているこの男の命。ああ、だから君は最初からずっと僕を見ていたんだよね。そんな、警戒をあらわにした目つきで。 「僕がこの人を殺すとでも思ってるのかい?」 「・・・・・」 沈黙は肯定だというけど、僕は今それをまさに体感した。なんていうか、とても心外。 「なんで僕がそんなことをしなくちゃいけないんだ」 「あんたの理由は知らないが、可能性がないわけじゃないだろう」 本気で彼は僕を疑っている。 いやだなぁ、僕は君とは仲良くしたいんだ。 「僕はこの人よりも君に興味があるよ」 「俺を懐柔する気か?」 「懐柔したいな。ねえ、もっとこっちに来なよ。近くで顔を見たい」 「断る」 なんてお固いんだ!ふてくされて布団に伏せる。本当に微動だにする気配もはい。そのうえ、ますます僕を警戒してしまった。少しこっちに近寄って、話すくらいいいじゃないか。愛想の欠片もない用心棒さんだな。 不貞た僕は上体を布団に沈める。用心棒さんは黙っている。 せっかく話せたのに、もう会話が途切れてしまって、とても面白くなかった。 ごろんと寝返りを打てば、のんきに寝ている商人の狸顔。しばらくじっとそれを眺めて、僕はまた起き上がる。 僕の気を惹いてやまない用心棒さん。 でもつれない彼は僕にちっとも気を惹かれてくれない。 それはとっても面白くない話だから、僕は簪を手に取った。大して使ったこともない華美な簪。鋭利でもない留め針の切っ先を、横で寝ている男の首筋めがけて躊躇なく振り下ろす。 それから起こったことは一瞬だ。 気が付いたときには僕の手はひりひり痛みにしびれていて、握っていた簪は手の内から消えていた。 手に意識をとられていた次の瞬間には、刺すような殺気と、喉元に突きつけられた剣先。実際薄皮一枚刺されていて、血か何かが首筋を伝ったのが自分でもわかった。 僕に剣を突きつける彼の、苛烈な視線を黙って見返す。 「どういうつもりだ」 用心棒さんの声は押し殺されていて低い。こんな状況にあっても僕はぞくぞくするのを止められなかった。 思っていた以上にイイ目をしているし、思っていた以上にイイ声を出すし、思っていた以上に反応もイイし。 僕はなんだか嬉しくなって、自分でも蕩けていると自覚できる笑みをうっとり浮かべていた。 「やっと近くに来てくれたね」 「・・・・・」 用心棒さんはしかめていた顔をさらにしかめさせた。眉間のしわがますます深くなって、怖い顔。 僕の反応が予想外なのかもしれない。 「・・・あんた、この男を殺すつもりか?」 「別にそんなつもりはないよ。君が僕のこと無視するからいけないんだ。君が悪い」 「俺が?」 「そう。だって、僕は君のことをとても気に入ってしまったんだ。ねえ、君こそ僕を殺すつもり?」 剣先は突きつけられたままだけれど、まだ僕の喉を裂くには至っていなかった。用心棒さんは僕の問いに、肯定も否定も返してこない。黙って僕を睨んだまま。 そも、用心棒さんはどうして剣を止めたのだろう。 僕は殺すつもりはなかったにしろ、簪の切っ先を確かに用心棒さんの雇い主に向けたのに。 「あんたには殺気がなかった」 「うん。僕は君の興味を惹きたかっただけだから」 「本当に殺すつもりは?」 「ないよ。この人には恨みも不満もないし、そもそも僕は血なまぐさいのは嫌いなんだ」 呆れたようなため息が聞こえた。次いで、僕の喉元から切っ先の感触が退いていく。 僕は二度瞬いて、首を傾げる。 「信じてくれるのかい?」 「嘘だったのか?」 「そういうわけじゃないけど・・・」 どうするの、嘘だったら。 なんとなく問うてみたら、用心棒さんはさも当然といわんばかりの口調で答える。 「次こそあんたを殺すさ」 「ああ、まあ、そうだよね」 おっしゃるとおり。次はきっと、あの剣先は躊躇なく僕を貫くのだろう。愚問だったなあ、なんて軽く笑いながら反省して、僕はそこでようやく右手の痛みを思い出した。 簪を握っていた手。 そういえば、簪はどこにいったのだろう。 僕は視線をさまよわせて、ようやく背後の遠いところにそれを見つけた。 簪と、棒のような何か。 思い起こせばあのとき、カァンと何かと何かがぶつかる音が響いたから、きっとあの棒が僕の手から簪を弾き飛ばしたのだろう。僕はあの棒に見覚えはないし、あの状況で僕の手から凶器を飛ばしたかった人がいたのだから、あれはその人が投げたものに違いない。 「すごいね、君。あれで僕の手から簪を弾き飛ばすなんて」 僕の視線の先に用心棒さんも気付いたのだろう。簪と棒を見て、ああ、と気のない返事を返した。 「あれも君の武器なの?見たところ木の棒のようだけど」 「・・・・・いや・・・、武器というか、串だ」 「へ?」 串?と僕が首を傾げると、用心棒さんはどこかばつの悪そうな顔をして、頭をかいた。 「あんた、殺気がないまま簪を振り上げたろう?」 「そうだね」 「それで、咄嗟に投げたのがあの串だ」 「うん、うん。隠し武器かなにかなんだろ?」 「いや。昼に食べた肉刺しの串だ」 「ええ?」 僕が頼りない声を上げると、用心棒さんはもごもごと、捨てる暇もなく雇い主に呼ばれたから腰帯に差していたのをすっかり忘れていた、と告げる。 思いがけない間抜けな顛末に、僕は思わず笑ってしまった。 「あは、はははははっ。君って、本当に面白いね!」 「・・・・・」 面白くて笑う僕とは対照的に、用心棒さんは面白くなさそうにむっつりするから、僕はますます笑ってしまう。 「やっぱり僕、君のことがとても気に入ってしまったよ。ねえ、名前を教えてくれないかな?」 「なんであんたに」 「いいだろ?僕の名前も教えてあげるから」 まだ何か渋ろうとする用心棒さんをさえぎって、僕は強引に手を差し出した。 「僕はマルス。君は?」 「・・・・・アイクだ」 呆れながらも僕の手を握り返してくれたアイクに、やっぱり僕は嬉しくなって、にこにこ笑う。 アイクの手は、僕の華奢な手と比べて力強くて硬かった。 羨ましい、と少しだけ思いながら、僕は彼に笑み続ける。 |
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