シノンとアイク
2.シノン信者〜蒼炎 前半頃〜


仕事終わりのアフターファイブ。日も落ちてきたろうこんな頃合は、重い鎧を脱ぎ捨てて、いい気分で一杯やるのが定石だ。あわよくば運命の赤い糸の先、可愛い女の子を見つけて一緒に飲みたい。
至極健全な思考で、ガトリーは意気揚々と足を踏み出した。が、そこから先に進めなかったのは、ぐいと自身を引っ張る何かがあったからだ。
振り返るとそこには、上司の息子であり仕事の後輩にあたる青年がいた。アイクだ。
ガトリーの服の裾を掴んで、物言いたげな目線をよこしている。思わずガトリーはああ、と仰いだ。これが可愛い女の子ならよかったのに。
残念に思いながら、それでもガトリーは人のいい笑みを浮かべて見せた。
「よう。どうしたんだ、アイク?」
「ガトリー」
「うん?」
「一緒に、飲みに行こう」
思いがけない誘いをもらったガトリーは、思わず目をきょろきょろさせる。右と左と、アイクの後ろまで確認して、首を傾げる。
「お前と二人で?」
「嫌か?」
「いいやあ、そんな。めっずらしいなあと思っただけで」
そもそもアイクが飲みについてくることが珍しい。酒より食の気が大きいアイクは、オスカーの飯を食らった後はすぐに寝たり素振りしたりとストイックに時間をつぶす。率先して飲もうと言い出すような輩ではない。
その上、なぜ自分と二人っきりなのか。これも解せない。アイクとガトリーは仲が悪いわけではないが、ツーショットで絡む機会は他の傭兵団の仲間に比べると圧倒的に少ない。
不思議な気持ちのまま酒場に歩き出しながら、横を歩くアイクに目をやれば、ちょうど見返してきたアイクが口を開く。
「あんたに相談があるんだ」
「俺にかあ?」
コクン、と頷くアイクを見て、彼が先日ようやく始めて実戦にたったことを思い出す。
きっと仕事のことで聞きたいことでもできたのだろう。
そう察すると、健気な後輩がかわいく思えてきて、少しは真面目に聞いてやろうなあ、と、普段はしないような先輩面を無理に作った。

*

斬新だなあ、と思った。こんなシチュエーションはガトリー的に珍しかったものなので。
アイクと二人で席を取り、真向かいでジョッキを仰いでいるのを見やる。自分も酒を口に含みながら、そういえばアイクが酒に強いのかどうかさえ知らなかったことに思い至った。
面倒くさいことにならなきゃいいなあとぼんやり思っていると、強い視線を真正面から感じる。
アイクが、睨みつけるような目で見ていた。
「え、なんだよ。怒ってるのか?」
「いや?」
少しだけたじろいで聞けば、アイクはあっさり否定した。
「じゃあなんで睨んでるんだ?」
「睨んでるつもりはないが…目つきの悪さは生まれつきなんだ」
ばつの悪そうな顔で、アイクがふいと目をそらす。なるほど、今の目つきはただ少し目元に力が入りすぎただけらしい。元が仏頂面すぎて、メンチをきられているのかと思ってしまった。
不器用なぁコイツ。
ガトリーも苦笑をもらす程度の不器用っぷりだった。
すぐにうまい言い繕いもできない不器用さゆえに。
「シノンさんとも相性が悪いんだろうなあ」
ぽつんと呟くと、アイクがハッと顔を戻す。
「そう、そうなんだ。シノンと穏やかに会話さえ出来ないんだ」
眉を寄せてアイクが言う。珍しく弱ったような顔だった。酒のせいだろうか。
しおれたアイクの様子に、まさかとガトリーは行き当たる。
「お前、相談ってまさか、シノンさんのことかぁ?」
「そうだ。ガトリーに聞くのが一番だと思った」
一気に脱力する。仕事に対する姿勢とかなんだとか、そういうものを先輩面で語ろうと思っていた意気込みは儚くも打ち砕かれたわけである。
まあ、いいけどね。
切羽詰った様子のアイクに、ガトリーはへらりと笑って見せた。そんな話題を酒の肴にするのも、まあ斬新でいいんじゃないかと思えたので。

*

アイクとシノンの関係は、傍から見ていたガトリーにもとても良好には見えなかった。
とにかくシノンがつっけんどんで、対してアイクは不器用で。話す機会もそうそうない上、たまに話すと空気が冷えるのが彼らの会話だ。
シノンがアイクを気に食わなく思っているのは察するまでもなくわかっていたし、アイクもシノンを苦手としているだろうとは思っていた。
「本当に苦手だったんだ、最初は」
酒のおかげが、いつになく饒舌にアイクが語りだす。
ついこの前のことだ。ミストとヨファが山賊に攫われて、アイクたちが無断で救出に向かい大目玉をくらった事件があった。
シノンの弓技を、そのとき初めて目にしたという。
「弓兵を、シノンをすごいと思ったのは、あれが本当に初めてだった」
酒のせいか、はたまた興奮しているのか、アイクが頬をわずかに赤く染めている。
「今は尊敬さえしている。できればもっと話もしてみたい。シノンが弓を射る姿を、もっと間近で見ていたい」
アイクの声音は真剣だった。
ガトリーにも覚えがある。シノンの腕は本当に達者なもので、あれを横で見せられたとき、ガトリーも思わず息を呑んだものだった。男惚れして、慕うようになったのもひとえにシノンがすごかったからだ。
「お前は、シノンさんのことが大好きになっちゃったんだな」
「好き…なのか?」
ガトリーがしみじみ呟いたのに、アイクは面食らったような顔をした。
それからたっぷり黙り込んで、煮え切らない様子で何かを考えていたが、やがて彼は頷いた。
「そうなのかもしれない」
「そうか、そうか」
ガトリーも重ねて頷く。シノンの魅力を多いに知っているガトリーとしては、然もありなん、といえる答えだった。
ああ見えて面倒見がよくて他人に気を配っていてドライなように見えるが意外に情にも厚くて仕事の腕も一級品で、シノンさんは男が惚れるに値する人なのだ。
ガトリーがもっともらしく頷くのを見て、アイクが控えめに言い募る。
「だから、シノンに冷たくされると辛いんだ。どうすればシノンと普通に話せるようになる?」
ガトリーも思わずきゅんとしてしまう。あのアイクに、こんな健気な一面があったとは。いじましさに情が動く。
「なるほどお前の気持ちはわかった。俺からもシノンさんにさりげなーく言っておくから」
「本当か?それは助かる。ありがとう、ガトリー!」
「なんの、なんの。あとはお前がもっと素直に直向に、今俺に話したことをシノンさんにぶつけりゃいいのさ!」
照れ屋だが人の良いシノンさんのことだ。自分を慕う年下相手に無下に突っぱねることなど出来るものか。
未来は明るい!と確信したガトリーとアイクは、ちょうどよく運ばれてきたおかわりの酒を片手に高らかに乾杯する。
それからはシノンの素晴らしさを肴に楽しい飲み会だ。わりと有意義な時間だった、とガトリーは振り返る。アイクとの距離が縮まった気がしたのも悪くない。

そうして帰ったガトリーは、確かにアイクのことをシノンさんに良い様に言ってやろうと企んでいたわけだが、
その翌日にクリミアの遺児、麗しのエリンシア姫が見つかり。
それからはてんやわんや、慌しく砦を出てからのガリアへ向けての行軍開始だ。戦闘続き、疲労もあって空気は常に張り詰めている。
そうして機を逃したガトリーは、ついにシノンにアイクの気持ちを語ることは出来なかった。
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