| 19.足りない |
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「最近笑うようになったよね。」 「・・・・・俺がか?」 「うん。」 しょうがないだろう、愉快で愉快でたまらないのだから。 王子はなにが嬉しいのかにこにこ笑って俺を見ている。自分のほうこそよっぽど笑っているじゃないか。いったい、なんなんだ? 「俺が笑うのは、変なのか?」 「いや。すごくいいと思うよ。」 いまいち王子が何を言いたいのかわからなかったが、どうも王子は嬉しそうなので気にしないことにする。 怪しまれてるわけじゃないらしいし。 それを思うと、また愉快な気分になったから、俺はひっそりと笑う。 王子が嬉しそうに目を細めた。 ああ、本当に愉快だ。 * 「王子が、俺が笑うのがすごくいいと言った」 「・・・・・」 「俺が笑うと、あれも嬉しそうに笑うんだ。アンタ、普段どれだけ笑わなかったんだ?」 「・・・少なくともあんたよりは笑わなかったんだろうな」 面白くもなさそうに言った相手に、俺はにやにやと笑う。ベッドに寝そべったそいつは、少しだけ眉をひそめたが、すぐに俺から顔を逸らした。 「そうむくれるな。俺は気持ちのいい笑顔で、アンタの株をあげてやってるんだろ?」 「その不愉快なニヤケッ面を言っているなら、きっと今に俺の株とやらは大暴落だろうな」 アイクは、ふんと鼻を鳴らしたが、俺からすればそういう態度が可笑しくて、しょうがない。 言葉と表情だけでしか抵抗のできないこいつを、哀れや無様と思いはすれど、憎憎しいとは一切思えない。 ただの影でしかなかったときに比べれば、自分でも驚くほどの感情の変化だ。 そのころは、同じ顔をしながらもずっと光のある場所にいるこの男が憎くて憎くて、とにかく壊してしまいたかったのに。 「今は壊れられちゃ困るからな」 「なんの話だ」 「俺はアンタがダァイスキだ、って話だろう?」 案の定、俺の言葉に不愉快そうに顔をしかめたアイクは、体をごろりと反転させて、壁に向いてしまう。俺への限られた抵抗の一つだ。腕を動かせず、足を動かせない哀れなアイク。影にとらわれた本物。なんて表すと気障ったらしいが、ようするに、“本物のアイク”は、影虫の集合体であるだけの“偽者のアイク”―つまり俺に、うっかり捕まって部屋に軟禁されて存在を取って代わられてしまった、哀れで惨めな男なのだ。 もう壊れるしかないと思っていた俺は、アイクに成り代わることで存在を許されている。そう考えると、あながち俺がアイクをダァイスキなのは、間違いじゃない。 「俺はなんとか受け入れられているよ、アイク。アンタの代わりに、アンタとして、周りが俺を受け入れている」 タブーが滅びると同じくして、俺も滅びるはずだったのに、幸か不幸か、影虫は変わらず俺を形作ってくれたし、居場所だって、今は、出来た。 「・・・・・それは、よかったな」 アイクは、苦々しい声で俺を祝福してくれるし、順風満帆、この上ない。 俺は上機嫌に笑う。アイクの目が、複雑な色を乗せて睨み上げてくる。 それを見下ろしながら、俺はアイクの頭を慈しむように撫でて、歌うように囁く。 「あとは」 「・・・・・」 「俺とあんたが一つになれば、俺は完全に、“アイク”になれる」 いっそう、アイクが顔をしかめたのが愉快でたまらない。 影虫で出来た体は、案外不安定なもので、ときおり体がぶれるし、意識だって曖昧になる。いつ壊れるか。俺の不安はそれだけだ。 創造主であり、なんでも知っているであろうマスターハンドが俺を処分しないのは、きっとめんどうだからだ。俺の存在は放っておけばそのうち、影虫が散って勝手に崩壊する。それを知っていれば、あとは放置おけばいいのだから。だが俺には自我もある(つもりだ。影虫で出来てるからといって、意識まで偽者だと思いたくはない)し、やっと居場所も出来てきたのだから、このまま黙って崩壊なんてしてやらない。今の俺に足りないものを手に入れて、俺は俺として生き延びる。 俺に足りないモノ。完全な入れ物だ。 俺が崩れるその前に、崩れることのない入れ物を手に入れて、完全ななり代わりを果たせばいい。ようするに、それだけだろう? 「なあ、アイク」 「・・・・・・・・」 アイクも、俺が崩壊するだろうことを知っているはずだ。だってこいつは、俺を睨むときに、必ずその青い目に憎しみではなく同情の色を乗せるのだから。この男をベースにして作られた俺は、この男の甘ちゃんな性質を、よく知っているつもりだ。 「俺は、消えたくないだけなんだ」 「っ・・・・・」 哀れっぽく言ってやれば、とたんに困ったように眉をひそめる。馬鹿正直に偽善を覗かせるこの男の馬鹿さ加減が、俺はやはり愛しいのかもしれない。 アイクの上に跨るようにして、ベッドに身を乗り上げる。シンプルなベッドは、二人分の重量にきしりと音を立てたが、今さら壊れたりもしないだろう。もう何度もこうして同じ重さをした二人を支えているのだ、このベッドは。 顔を近づけて、視線を合わせる。自分と同じ顔を見下ろしても別段どう思うことはない。自分の顔に酔いしれるほどナルシストでもないはずだ、お互い。 それでも俺は、アイクの耳朶に軽く舌を這わせながら、甘く甘く、恋人に睦言をつむぐような声音で囁く。 「俺を受け入れてくれよ、アイク・・・」 俺の下で顔をしかめてみせる、この“本物のアイク”が堕ちるのは、きっとそう遠くはない。
微エロですらないよね!^q^
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