| 男の意地 |
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「馬鹿なっ!同じだと!?」 叫ぶと同時に膝を折り床を叩くその男を見下ろしながら、半ば投げやりにリンクは思う。人間変われば変わるものなんだな、と。普段は必要以上に優雅な男なのだ。今突っ伏している彼は。 カウントのためにテーブルの上に雑然と置かれたそれらは、確かに色形は違えど互いに同じ数だけあった。 だからってなにも、そんなに取り乱して驚かないでも。 「なあマルス、そんなに気にするもんでもないだろ?・・・たかだかチョコの数くらいで」 「たかだか?代変わりして腐抜けたことを言うようになったね、リンク。一昨年までの君なら驚きのあまり空を飛ぶくらいのリアクションは見せていたはずさ、絶対!」 「飛ばないよ」 「僕のライバルならそれくらいはしたよ!・・・8年。僕がこの世界に来たときから、僕と君の先輩はずっと勝負を続けてきた。4勝4敗、毎回きっちり勝敗はついていたのに。それが今年はきっちり同じ数!8年やってきてこんなケースに見舞われたのは初めてさ!」 今日のマルスはいつも以上によっぽど饒舌だった。言ってることはリンクにはよくわからないけど。 よくわからないといえばバレンタインデーなるこの日の、チョコ獲得数の競い合いだ。マルスとリンクの毎年恒例の行事らしいが、それは今のリンクの預かり知ったことではない。 去年は亜空軍でごたごたしていた上、リンク自身バレンタインに疎いため気にもしなかったが、密かにマルスはカウントしていたらしい、ことを今知った。 必要以上に乗り気なマルスに、リンクは逆らえもせず。わらわら集まった今日の戦果を二人地道に数えて今に至る。 リンクはあからさまにいつもと雰囲気の違うマルスに戸惑っていた。 どう声をかけていいかわからず、えらく気まずい。誰でもいいから何とかして欲しかった。今ならタブーが来ても大歓迎だ。 もちろん、のこのこ通りかかったそこ行くピットも例外じゃない。 たとえ手に何かを提げていて、多少嫌な予感がしなくもない相手だとしても。 リンクの願いが通じたのかなんなのか、ピットはのこのこ二人に近付いて、にこにこ笑って首を傾げた。 「二人とも、あからさまに見せつけているそのチョコの山は、モテない男への嫌味ですか?」 「オレはそんなつもりはないけど・・・」 マルスは嫌味かも知れない、と思ったが口には出さない。 ピットはふんふん頷いて、嫌な具合に明るい笑顔で手に提げた紙袋を持ちあげた。 「ボクもチョコたくさんもらったんですよ!」 ああそうそれはよかったね、と流すことが出来ていたら、これ以上ややこしいことにはならなかったかもしれない。 だが流すより早く立ち上がったマルスが、危機迫った表情で「君は何個だったっていうんだ!?」と叫んだから、もうリンクには成す術もない。 笑顔でチョコの数を誇らしげに教えたピットに、マルスはまた、目を見開いた。 「馬鹿なっ!同じだと!?」 叫ぶと同時に膝を折り床を叩くマルスを見下ろしながら、何かを期待するようにチラ、と上目に視線をやられ、リンクは咄嗟に目をそらす。リアクションを期待されても今のリンクは飛ばない。飛べないし。 ふぅ、と溜息をつきながら立ち上がったマルスは、やれやれとでも言いたげに首を振った。 「まったく、今年の淑女たちはどうなっているんだろう。可愛い悪戯に振り回されてしまうよ」 「別に彼女たちが示し合わせてこうなったわけじゃないと思うけど・・・」 「でも、三人とも同じ数のチョコなんて、珍しいですよね」 マルスの嘆きにリンクは呆れ、ピットは感慨深げに頷いた。 珍しいよねスゴイよね、だけで済ませることが出来たら、話はここでほのぼのと終わってしまう。だがマルスはそれをさせてはくれない。 「納得がいかない」 どうしても勝負がつかないと気に食わないらしい。その剣幕の意味がわからない。リンクがあからさまに呆れた顔をしてみせると、マルスはやたら深刻な顔つきで拳を握った。 「負けられない戦いが、ある・・・!」 「無駄に重いんだよお前のノリ・・・。でもだからってどうするんだよ。チョコの数は同じだろ?」 「でもボクのは一番お姉さんたちの真心が詰まってますよ」 なんたってこの中で一番、手作り率が高いんです! にっこり天使の笑顔で言ったピットに、もしかしたら悪気はなかったのかもしれない。だがリンクは、マルスのこめかみが不吉にもヒクリと動いたのを見てしまった。 ピットは口を閉じない。閉じずに失言を続ける。 「でもリンクさんのは一番お金がかかってそうですよね」 見たところ高級チョコばっかりですよね! ぱああっと天使の破顔を見せたピットに、悪気はこれっぽっちもないのかもしれない。だがリンクは、マルスの眉間のしわが深くなっていくのを見逃せなかった。 ピットはいっそ暴言とまでいえる言葉を止めない。 「数は同じでも、マルスさんのチョコが一番、グレードが低くないですか?」 クスと嘲笑って見せたピットに、リンクは悟る。この天使には悪気しかない。悪質すぎる。 立ち込めるドス黒い空気が、場外乱闘を示唆していた。危ないからやめてほしい心境のリンクだが、迂闊に手も口も出せない。矛先が向いたらたまったもんじゃないので。 だが、努めて大人しくしていたリンクは、何を思ったのか突然顔を向けたマルスに、凶悪な視線で貫かれた。ビク、と体が強張ったのも仕方ない。マルスの目は必要以上に殺気立っている。 「リンク」 「・・・・・なに?」 「君のチョコを一個、よこしなさい」 「・・・・・・・・・・ハァ?」 ホラ、と手を差し出されても。 華奢な指先に一瞬見入ってから、すぐにリンクは存分に顔をしかめた。 「お前、そこまでして勝ちたいのかよ!」 「黙れ。君に僕の何がわかるって言うんだ!」 マルスの危機迫った表情は、なまじ美形なだけに強く心に訴えるものがある。 「何もわかりたくないけどな!」 今までの会話から何をわかれというのか。今日のマルスほどわかりたくない相手もいない。だいたいリンクはバレンタインに競い合う、今の状況の意味からしてわかりたくない。ピットの笑顔の裏に隠された黒い腹の中とか、先代の勇者が今のマルスのようにバレンタインに重きを置いていたことだとか、正直わかりたくもなかった。 「チョコの数は男の意地!僕はただチョコがほしいだけなんだ!」 それだけ貰っておいて・・・、とリンクは思う。 自分も同じ数だけ貰ったが、一般男性の平均からするとどえらい数じゃないのか、と彼は思うのだ。世の男性がどれほどのチョコを貰っているかは知らないが。 マルスの暴挙にほとほと困り果てたときだ。リンクの背後から、マイペースな声がかかったのは。 「・・・チョコが欲しいのか?」 とっさに振り向けば、そこにいたのは首をかしげたアイクで。 マルスの目が一瞬鋭く光ったのを横目で見ながら、リンクは困った風に笑って見せた。 「いや、オレは別に、これ以上いらないけど」 「アイク!君、チョコの数は何個だい!?」 「アイクさんもチョコがいっぱいですね!」 リンクが断るその横から、勢いよくマルスとピットが割って入る。おいおい、とリンクは呆れたし、アイクは何度か目を瞬かせて、手に提げた紙袋をガサリと揺らして見せた。 「バレンタインデー、だったか」 「珍しいね、君が横文字を噛まずに言えるなんて」 「うるさいな」 マルスの茶々に睨みを返して、アイクは不機嫌そうに唸った。 「嫌がらせの日なのか?チョコばかり貰ってもさすがに俺も嬉しくないぞ。甘党ならともかく、俺には苦行だ」 だいたい、こんなに食べたら虫歯になってしまう。だとかなんだとか妙にずれた愚痴を漏らして、アイクはむっつりしているのだ。 馬鹿だなぁ、この男。とリンクが思う傍ら、ピットはアイクのそんなずれた思考が好きだからなんだか微笑ましくてニコニコしてしまうし、マルスは実はチョコの数が気になって仕方なかった。見たところ、アイクの提げている紙袋は一つだけで、その中身もそれほどボリュームがない。今競い合っていた三人の中では多分一番少ないだろう。 かといって、優越感があるわけではない。アイクは鈍いから、バレンタインデーの意味も男の意地も関係ない男だから、チョコの数で勝っても特に感慨もわかない。アイクは悔しがりもしないからだ。その分、リンクは何でもない顔をして内心ものすごく悔しがるから見ててとても楽しい。マルスはそれが見たいのだ。そのためには、手段を選んではいられないのだ。 「アイク」 「なんだ」 「君の愛が欲しいな」 「なに言ってんd「「はあぁ!!?」」 唐突すぎるマルスの爆弾発言に、リンクもピットも声を上げずにはいられなかった。何言ってんだアンタ、と言おうとしていたアイクが、呆気にとられてしまうほどの大声で。 マルスは動じなかった。するりとアイクの肩に腕を回して、顔を近づけている。その顔はとびっきりの王子スマイル。間近でこれを見せられて落ちない女はいない。アイクもぐっと息をのんだ。 「近いんだが・・・」 「ね、アイク。今日はバレンタインデー。人からキモチを貰える日なんだ。君、僕のことが好きでしょ?」 「そりゃ嫌いじゃないが」 「ほら。僕のこと好きなら君は僕にチョコを渡す資格があるってことになるんだ。僕は君のチョコが欲しいし、君はそのチョコを食べきれないと言う。なら、僕に君のチョコを一つくれたら、君も僕も幸せだ。どう?」 「よくわからんが、俺のチョコを貰ってくれるってことか?」 「うん、そう」 にこにこ笑顔のマルスはすでに手を出している。あからさまにチョコを渡せと訴える手。アイクはそれをむっつり顔で見下ろしている。そんな二人を、リンクとピットは呆然と見ている。 リンクは戦慄していた。そこまでして勝ちとりたいか、チョコを!! 同じ男相手から貰ったチョコで!半ばだまし取る形で受け取ったチョコで!このオレに!勝ちたいってのか、この王子! 何がそこまでマルスを駆り立てるのか、リンクには不思議でならない。加えて、その執念が恐ろしかった。バレンタインデーは人を変える。 完全に引き気味なリンクの脇で、ピットは幼い顔をむっと不機嫌にさせていた。だってマルスはアイクからチョコを貰おうと、その肩に馴れ馴れしく腕を回して、顔を必要以上に近付けているのだ。 そうして無理やりなこじつけで、バレンタインデーをよく知らないアイクを騙そうというのだ。なんて厚かましい!なんて厚顔無恥! それなら、マルスよりもピットのほうがよっぽどアイクのチョコが欲しい。ピットはクールで逞くて精悍なアイクにとても憧れていたから、この特別な日にチョコを貰えたらきっと飛び回るほど嬉しくなる。 そうだ、ボクだってアイクさんのチョコが欲しいんだ! 「アイクさん、アイクさん。マルスさんにチョコをあげるなら、ボクにも一つチョコを下さい」 「あんたも?」 「ピットくんはもう充分お姉さま方からチョコを貰ってるだろ?」 「マルスさんだって同じくらいチョコを貰ってるくせに!自分ばっかりアイクさんからチョコを貰うのはずるいよ!」 ぷくっと頬を膨らませるピットと、むぅっと口をとがらせるマルス。にらみ合う二人を前に、アイクはぽかんとつっ立っている。 わからん。どうしてこんなに睨み合ってるんだ。そんなにチョコが欲しいのか? アイクはむっつり顔のまま、ちくちく嫌味を言い合う二人の間に割って入った。とたん、呆気にとられて両人、ぴたりと黙る。アイクは満足げに頷いた。 「チョコが欲しいならやるってのに。なんでいがみ合ってんだ、あんたら?」 やれやれ、まいったぜ。とでも言いたげにため息をつかれたら、マルスもピットも何も言えない。アイクは手にした紙袋からチョコを取り出して、マルスに渡して、それからピットにも握らせた。 そうして、視線は一歩引いたところで様子を窺っているリンクに移る。青い目にぱっちり見据えられて、リンクはぐっと息をのむ。 「あんたも貰ってくれないか。チョコを」 「あ、ああ・・・」 ずいっと差し出された包みを受け取って、リンクはそれを見下ろしてグッと息をつめた。露骨にハート型。赤い包装紙とピンクのリボンが可愛いラッピング。それを貰った相手はアイク。激しく複雑な気分。 アイクは若干軽くなった紙袋に満足そうだ。軽く表情を緩めて、珍しく笑顔なんてものを浮かべて彼は固まる三人に言った。 「三つ減っただけでも助かった。ありがとな、あんたら」 それから、すちゃっと手を上げてアイクは颯爽と去って行った。残ったのは固まる三人。 チョコの数はきっかり同じ。手にはそれぞれアイクから渡されたチョコ。マルスはそれをじっと見つめている。顔は不満顔。背後には不穏な空気。 また波紋の予感。 「・・・納得いかない。どうしてリンクのほうが本命っぽいチョコなんだい?」 「は?」 ものすごく不穏な発言が聞こえた気がする。 とっさに視線を向けて、見たくもなかったが、見てしまった。マルスの恨めしげな目。リンクの手の内にあるハート型のチョコを忌々しげに睨んでいる。 ――駄目だもうこの王子は末期だ。 リンクは悟る。 いっそバレンタインという新手の悪霊にとり憑かれているのではなかろうか。もはや何をしてもマルスの嫉妬は収まらない気がする。 もうリンクは疲れきっていた。王子のねちっこいチョコへの執着に疲れきっていた。 さて、疲れたときには甘いものがいいという。それがなんとおあつらえ向きに手の中にあるでないの。リンクはヤッター、と棒読みで喜んだ。疲れているのだ、彼は。 それから、いっそ自棄気味に手の中のハート型チョコの包装を解いて、現れたチョコにピンクのチョコペン文字で「LOVE YOU」と大きく書かれているのを見ながら、一口パキリと口に含む。 甘い。とにかく甘い。 甘いのになぜかほろ苦いのは、この状況がそうさせるのか、アイクからのチョコだという苦い現実がそうさせるのか、リンクには判断できなかった。 さて、突然のリンクの行動に呆然としたのはマルスだ。 チョコをもらって即食べるなんて・・・・・、勇者過ぎる。 ジーザス、とよくわからない呟きとともに首を振るマルスに向かって、ハート型チョコの「LOVE」を見せ付けるようにしながら、リンクはニヤリと笑う。 「今年はオレの勝ちだな」 「・・・!」 もらったチョコの数はぴったり同じ。 ならば。 マルスは手の中のチョコを見下ろす。このチョコのグレードが、最終的に判断を下すのだ。 中を包装しているピンクの袋を乱暴に開けて、中身をまじまじと確認して、・・・王子はがくりと項垂れた。ぼそぼそ「アイクこの野郎」と王子らしからぬ罵声を呟いている。 リンクもその中身を覗き込む。 袋の中は、「ごえんがあるよ」と「プリッツサラダ味」だった。片方に至ってはチョコですらない。 項垂れるマルスと、見るも哀れな袋の中身を見て、リンクは生ぬるい勝利の陶酔に浸りながら、また一口ハートをかじる。 ピンクで書かれた「LOVE」の部分が、ことさら甘かった。 決した勝敗の行方を横目に、ピット少年は微妙な顔で立ち尽くしていた。 アイクに握らされたチョコ。握らされたという時点で嫌な予感はしていたのだ。 恐る恐る開いた先にはチロルチョコ、1ヶ。 10円で買えてしまう小さめサイズのものだ。 せめて、せめてコンビニで単品で売ってる20円サイズならまだ救いがあったものをっ・・・。 やるせない気持ちでチロルチョコの包装を剥いで一口で含む。 なんともいえぬフルーツポンチ味が、少年のやるせなさにいっそう拍車をかけたのだった。 |
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