| ひとつ大人になりました |
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ゼニガメが姿を消したときは、焦らず騒がず、まずなによりもあの人を探せばいい。 たいがい、ゼニガメはその人と一緒にいる。 「アイクさんっ。ゼニガメっ、見ませんでしたかっ!」 「・・・・・・・・・・見てないな」 おれが息を切らせながら尋ねれば、アイクさんは目を逸らして、不自然な間をあけた。この人はとても嘘が下手だ。 「じゃあどこにいるか知りませんか!」 「・・・・・・・・・・知らないな」 視線どころか顔そのものまであらぬ方向に逸らして、不自然な間をあける。ああ、別におれはこの人を追い詰めたいわけじゃないんだ。慣れない嘘に、むっつり顔をしかめているアイクさんにちょっと胸が痛む。けど、今はそう言ってもいられないのだ。 腕を組んでおれの真正面に立つアイクさんを、上から下へと観察する。仏頂面具合がいつもより増しているのを除けば、特に変わったところはない。 ならば背面、と回りこもうとしたが、アイクさんは頑なに壁から背を離そうとしない。離そうとはしなかったが、横から見ただけで一目瞭然だ。 アイクさんのマントは、不自然にふくらんでいた。 「「・・・・・」」 無言でアイクさんとおれと視線を交わし合う。アイクさんがバツが悪そうに目を逸らしてから、おれはその膨らみに呼びかけた。 「ゼニガメ」 『・・・ゼニィ・・・』 もぞ、とアイクさんの赤いマントが動いて、やっとおれは探していた相手を見つけ出した。 ここ最近のゼニガメは、暇さえあればアイクさんのところにいる。 アイクさんの背中からゼニガメをひきはがして抱きしめる。抱きしめるといっても、言葉ほど優しい抱擁じゃない。腕の中でじたばた足掻くのを無理やり抑えつけているのだ。 「もう、暴れるなよゼニガメっ!おれ言ったよね、ちゃんと試合のときは帰ってくるんだぞって・・・!」 『ゼニーッゼニィーッ』 ゼニガメはそれでも足掻き続けている。見かねたアイクさんが、「あー・・・、トレーナー?」とおれを呼ぶが、おれはアイクさんをジト目で睨む。アイクさんにもモノ申したいことはあるのだ。 「アイクさん・・・、なんで嘘をついたんですか?」 「・・・・・ついてない」 アイクさんは仏頂面をさらに渋面にして、おれを見返した。睨まれているようでちょっと怯む。 「ゼニガメがいたなんて気付かなかったんだ」 「っんなアホな・・・!」 「・・・いや、悪い。確かに今のはムリがあったな」 バツが悪そうに言いながら、アイクさんはごく自然な動作でおれの腕からゼニガメを抱き上げた。とたん、ピタッと鳴きやむゼニガメに腑に落ちない気分になる。 アイクさんはゼニガメを持ち上げて目線を合わせると、ふっと顔を緩めた。つい今までの仏頂面が嘘のような微笑。そうして、がらりと変わった印象に思わずビクッとするおれの前で、ふたりの世界が形成されるのだ。 「ダメだろ、ゼニガメ。トレーナーの言うことは聞かないと」 『ゼェニ、ガメガー』 「そうゴネるなよ。試合、見に行ってやるから」 『ゼニゼニぃー』 楽しそうに睦んでいるアイクさんとゼニガメ。って、ちょっと待ってくださいよ。 「アイクさん、ゼニガメの言葉がわかるの?」 「ああ。なんとなくだけどな」 『ゼニッ!』 驚いた。おれでさえゼニガメが何を考えているのかサッパリなのに・・・! こう思うのもなんだけど、これが愛の力ってやつなんだろうか。恐ろしい。 種族も性別もいろいろモノ申したいところのあるカップルだが、そこは気にしないで今はとにかく。 「じゃあ行くぞ、ゼニガメっ」 『ゼニーッゼニィーッ』 よいしょとアイクさんからゼニガメを預かれば、またすぐに暴れる始末。極端になつき度が下がってるんじゃないかと不安になるくらいの暴れっぷり。悲しいやら苛立たしいやら、ボールに戻そうかとおれが考えたとき。 「トレーナー、ちょっといいか?」 「え?」 アイクさんが、おれの前に回ってゼニガメを覗き込む。ゼニガメが暴れるのをやめて、嬉しそうに顔を上げる。 なんだ? なにが起こるっていうんだ? 嫌な予感に顔をしかめたおれの前で。 「ゼニガメ、頑張ってこいよ?」 『ゼニッ!』 アイクさんとゼニガメが、大きさの釣り合わない口と口をくっつけた。 ちゅ、と実際には音が鳴ったわけじゃなかったけど、おれの頭の中ではそんな擬音が鳴り響いていた。 紛うことなく、キスだった。 またふたりの世界に入ったらしい彼らは、呆然と固まったおれの様子には気付かない。 「あんたが一位をとれたら続きだな」 『ゼニ!ゼニガー、ゼニゼニィッ!』 アイクさんがニヤリと笑って煽ると、ゼニガメが見るからにやる気を出す。 おれはもう頭の中真っ白で、その後おれの指示なしに一人勝ちして見せたゼニガメが、ちょこちょこアイクさんとこに行ってしまおうが、止める気にもならなかった。 その日、ゼニガメは当然のように戻らなかった。 どこで誰とナニをしているのか、なんて追及しちゃいけない。 世の中には踏み込んじゃいけない世界があるのだ、たぶん。 |