18.逆転
「ライ、するか」
「・・・・・えー・・・」
ずしりと圧し掛かられて(かなり重い)、しかも突然のお誘い発言に、ライはどうしようかと迷った挙句乾いた笑みで応えた。
「するってもお前、昨日だってさんざしただろ?」
「なんだ、今更出し惜しみか? 別にいいだろ、セックスの一つや二つ、ナニが減るってわけでもないし」
「アイクなぁ・・・、言葉ってのは繊細なんだから、もう少し優しく扱ってくれよ。直球すぎる」
もう苦笑するしかない。
恥じらいなんてものを知らぬこの男は、一度知ってしまえば放送禁止用語を抵抗なしに真顔で景気よく連発する。
「直球の何が悪い。お前こそ最中は俺に恥ずかしい言葉を要求してくるくせに、今更よく言うものだな」
「お前に恥じらいがあればとしみじみ思うよ。言葉攻めも興ざめだ」
溜め息とともに返せば、アイクは人の上にありながら、のそりと体を揺らした。
ぐえ、と思わずひき潰されたカエルのような声が出る。当然だ、ライよりもガタイのよくなったアイクに圧し掛かられたまま揺さぶられたのだから。
重いし苦しいし息も詰まるしどうでもいいからさっさと降りてくれ、と声を絞り出せば、アイクの仏頂面が不機嫌みを増す。
「そんなむくれるなよ、アイク・・・」
「じゃあ、するか?」
「誘うにももっと他の言葉があるんじゃないか?」
「犯せ」
「萎える・・・・・」
「なんなら勃たせてやってもいいが?」
ニヤリ、と不敵に笑われて、思わず背筋に冷たいものが走った。
この男がこんな顔をするときは大抵よろしいことは起こらない。性に関することだと特に。
そしてなにより、そのまま無理やりアイクに犯されそうなのが怖い。
「丁重にお断りします」
「まったく、あれもだめ、これもだめか。あんた、何がしたいんだ」
「とりあえず今日はそういうナニって気分じゃないんだけど」
第一ここが将軍様の天幕とは言え、完全に隔絶された空間ではない。布一枚を隔てて外には誰がいるかもわからないし、いつこの天幕に人がやってくるかさえ定かではないのだ。
それをこの欲情した男に訴えたところで、「今更だろう?」と一蹴されて終わるわけなのだが。
確かに昨日もココでいたした身としては、「そうなんですけどね」と笑って誤魔化すしか出来ない。
どうあっても逃げ道の見つからないこの状況で、ライは必死に鬼気迫った顔をしたアイクから目を逸らすばかりである。
「ライ」
「勘弁してください」
「むう。浮気するぞ?」
「それは駄目」
アイクの眉間にはこれ以上ないほど皺がよせられている。こんな憎憎しい顔、戦場でだってそうそう見られやしない。
だいたいなんでコイツはこんな欲情してんだ?
「したいからだ」
それはもう偉そうにアイクはのたまった。
ライがゲンナリした表情で溜め息を吐く。
あからさまなそれにまた、アイクの表情は不機嫌を増した。
「あんたが俺をこうしたくせに」
「ん?」
「昔の俺はここまでシたくはならなかった」
確かに、3年前。
誘ったり襲ったりするのは全部ライのほうで、アイクは顔をしかめてそれを耐えるばかりだったのだ。
それがライの地道な努力と開拓と執念により、立派に実を成して、成して、成しすぎた。
何事にもやりすぎ、というものがある。
ライはまさに、開拓しすぎたのだ。
感度の悪い体は、幾度となくじっくりと拓かれ、少しずつ少しずつ感度を増し、性感帯を増やしていった。
仏頂面で声を漏らそうとしなかった頑なな態度は、どこかでアイクの羞恥心の箍が外れてしまったのか、思うままに喘いでライに先を強請るようになった。
薄い性欲しか持たなかった体は、ライに与えられた快楽を覚えこみ、頻繁にそれを思い出してはライを求めようとする。
そんな自身の変化に、一番戸惑ったのはアイク自身だ。
性欲に圧される体は、あまりに疎ましすぎる。
ライと共にいられる今でこそ落ち着いているが、実際、ライと離れていた間、苛立ちに何度もライの元へ殴り込みにいってやろうかと企んだものだ。
「あんたのせいだ」
「・・・オレもちょっと後悔してる」
「あんたの後悔はどうでもいいがな、責任は取るべきだと思わないか?」
「・・・・・・・・・・」
据わった目で睨みつけられ、ライは諦めにも似た溜め息を吐いた。
呆れた態度をとってはいるが、自分のせいで感度を増したと言うこの恋人を、愛しいと思う気持ちは確かなのだ。
自分だけを求め、強請ってくるなんて、男冥利に尽きるだろう?
「まったく、淫乱な男だな、お前は」
「あんたの望みどおりだろう?」
「ちょっと行き過ぎた感があるけどな」
クスクス笑いながら、ライは己の上にあるアイクの頭を引き寄せて、乱暴に口付けた。