※激しく俺設定を含みます
エセホラー風味です。たいして怖くはないです
※ほんの少し漂う程度にグロ要素を含みます
A test of courage.


「幽霊が出るんだよ!」
子供たちはうるさく喚きたてている。興奮している彼らは、誰にでもいいから自分たちの体験を聞いてほしいだけのようだった。
「真夜中の神殿の暗闇にぼおっ!って炎が出てね!それから、勝負を挑んでくるんだ!」
「強かったのか、そいつは」
「うーん・・・、実は勝負は挑まれなかったんだけど」
気まずげにポポが頬をかく。噂には尾ひれがつくものだとはわかっていたから、アイクはそれ以上追求しなかったけれど。「でもリュカは勝負を挑まれたんだって!」と負け惜しみのように付け足されたそれには、そうかそうかとだけ頷いた。
「それはそうと」
「なに?」
「真夜中に子供だけで出歩くのは、感心できんな」
実際、アイクは夜中に子供がちょっと冒険しようともかまわないが、こう言うと必ず。
『ごめんなさぁい・・・・・』
と、子供たちは口を揃えて言って、そそくさと立ち去ると思っていたので。
そうして静かになったところで、アイクはいやな具合に目を輝かせているピットに、顔を向ける。
「アイクさん、幽霊だって」
「そうだな」
「見てみたいな」
「そうだな」
「じゃあ」
投げやりに返事をしていたのが悪かったようだ。
ピットは、活き活きと前に出て、アイクを振り返ると、手を叩く。
「今夜、肝試ししようか」
「きもだめし?」
「幽霊、見てみたいじゃない?」
「・・・・・・・・・・まあ、」
正直幽霊なんかどうでもいいんだが、とは言わせずに、ピットは強引に話を決める。時折、ピットはとんでもなく強引になるもので、それについてはアイクはすでに諦めていたから、口は出さない。
ピットが乗り気な時点で、今夜の肝試しは決まったようなものだ。
「今夜11時ごろ集まろう! 場所はアイクさんの部屋の前で、ね! アイクさん、マルスさん!」
アイクはそこでやっと、隣に立っているマルスへ目を向ける。
彼の浮かべる笑顔は完璧だ。完璧だが、首から下はガクガク震えているし腕の鳥肌がすごいし、冷や汗までかいているような気がする。
きっとマルスは極度の怖がりだ。
そうは思ったが、ピットは気にした様子もないし、この面子の強制参加は決まったらしいから、アイクは心の中でだけ、こっそりマルスに同情しておくことにする。

*

「ポポから聞いたんだけど、そういう話が幽霊以外にもいくつかあるんだって」
暗い空間に、ピットの声が響く。
それ以外の音といえば3人分の足音だけで、普通の音量の声が、やたらと響いて聞こえる。
「・・・例えば?」
よせばいいのに、律儀にも肝試しに参加したマルスが、震えた声で聞き返す。
怖いなら聞かなければいいだろ、とアイクは思ったが、口には出さない。
アイクの左腕はマルスに掴まれている。いっそアイクからしたらそのほうが恐怖だ。
暗闇を歩くのに人の腕を掴まないといけないくらい怖いらしいくせに。
「例えば。いにしえっぽい王国の、地下なんだけど」
「ここじゃないか」
まさに今歩いている場所を示されて、マルスが強張るのが、掴まれた左腕の感触から伝わった。
「どれだけ歩いても探しても出口が見つからなくて、ずっと歩き続けることになるって」
思わず、道の先に目を向ける。
闇がいっそう濃く見えたのは、きっと気のせいだ、とアイクは思うことにした。
「それってまずいんじゃ・・・」
そのとおりだ。
その話が確かなら、今まさにこの場所を歩いている自分たちは、出られないことになる。
「本当に出られないのか、確かめたいじゃない?」
「本当に出られなかったら、どうするんだ?」
アイクが淡白に尋ねる。
「それは考えてなかったけど」
「盲点だよね、アハハ!」なんて、ピットは軽く笑ったが、「わわわ、笑い事じゃないだろ!」とツッコんだマルスは必死だ。
賑やかだな、とアイクが思ったときだった。
「あ゛ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!?」
「うおッ!!?」
賑やかどころじゃない、騒々しい叫び声が響いて、足音が一気に駆け出していた。

*

走って走って、疲れきって息も切れ始めたころだ。ようやっと速度を落として立ち止まり、蹲る。
なんで真夜中にこんなに走らなきゃならないのか、理不尽な疲労に、ピットは息を大きく吐いた。
「はぁッ、・・・あのタイミングはないよ、マルスさん・・・っ、」
突然叫んだのはマルスだ。それに釣られて叫び声をあげたのはピットだけど。
「だ、ってあれは、誰かが、僕の首に息を吹きかけたんだって」
「なにそれ」
ピットが呆れる。
「いきなり項(うなじ)にフッときたら、驚くだろ?」
「それは幽霊の仕業か、じゃなかったら、誰かのタチの悪い悪戯だ」
そう言ったピットは、「ボクじゃない」と両手を振る。
「だとしたら・・・、」
マルスが胡乱げに振り返る。アイクが、たいして息を切らせてもいない様子で立っている。
「君なわけ?」
「さあ、どうだろうな」
曖昧に答えて、アイクがあたりを見渡す。
「ここは?」
「神殿、みたい」
「ってことは・・・・・、」
息を呑んだマルスに、ピットはニヤリと笑ってみせた。
「幽霊が出るって、噂のスポットだ」
普段は明るいから気付かないが、薄暗い神殿と崩れた瓦礫は、どことなく不気味だ。
思わず、マルスは顔をしかめる。
「本当に幽霊が出たらどうするのさ」
「それも考えてなかったけど」
「またそれかい? ああもう、無計画だな!」
本当に、付いて来なければよかったと後悔しても遅い。
頭を抱えたマルスの肩を、励ますようにピットがぽんぽんと叩く。
「大丈夫だって。さっきの地下だって、結局出口はあったんだから」
「それはそうだけど、」ぼそぼそとマルスがぼやく。
「・・・ここに出る幽霊ってのは、どんな奴らで、何をしてくるんだ?」
アイクは、あらぬ方向を見つめたままだ。
「暗闇にぼおっと炎が浮かび上がって、勝負を挑んでくる・・・、って、昼に聞いたよね?」
首をかしげたピットを無視して、アイクがすっと腕を上げた。
人差し指で、見つめていた先を指差す。
「あれか?」
「へ?」「え?」
マルスと2人して間抜けた声を上げて、その方向を見ると。
ピットは、暗闇にうっすらと見える赤い色をした何かを、見た。
それがボッと炎を上げたのと、マルスが踵を返そうとしたのはほぼ同時だった。

*

「帰る帰る帰る帰る帰って寝なきゃもうこんな時間だしだから帰る帰るってば離してよアイク」
「ダメだあんた、今帰っちゃ」
「そうだよ、マルスさん。本当に幽霊なのか、確かめなきゃ」
完全に混乱しているマルスをアイクが掴み、ピットは赤い色のほうへと歩く。
怖くないのかこの2人は、とマルスは恨めしく思ったが、アイクは相変わらず淡白な顔をしているし、ピットの顔は好奇心にあふれている。恐怖とか、そういう次元の話じゃないらしい。
ずるずる引きずられながら、マルスは、懐かしい声を聞いた。
「あれ?」
「・・・・・えっ?」
思わず振り返って、さらに驚く。だってそこにいたのは。
「ロイじゃないか!!」
「マルス!? どうしてここに・・・」
「え? え? マルスさん、知り合い?」
ピットがきょろきょろと驚きあう2人を見比べたが、マルスはそれどころじゃない。
ずっと見なかった姿を目にして、思わず前に出る。
「それはこっちの台詞だよ! ロイこそどうしてここにいるんだ!? ここは幽霊が出るって・・・・・・あっ・・・そんな、君、まさか・・・・・」
「ちょっと、マルス。勝手に殺さないでよ。僕は死んでない」
哀れんだ顔で首を振ったマルスの頭の中を察して、ロイが片手を挙げて制する。
「じゃあなんで、」
なおも言い募ろうとするマルスに、いい加減ピットがむくれた。
「ちょっと、マルスさん。ボクたち、ついていけないんだけど」
ボクたち、とピットは言ったが、アイクは特に気にした様子はない。ただ黙って、目の前の展開を見ているだけだ。
そこでやっと、バツが悪そうに視線を泳がせて、マルスが苦笑する。
「ああ、ごめん・・・。あんまりに久しぶりで、思ってもなかったから、ちょっと驚いちゃって」
ロイが顔を2人に向ける。
「マルス、彼らは新しいファイターたち?」
「うん、そうだよ。ピットと・・・、」
ピットを指差し、その指を水平移動させて、アイクへ向ける。
「アイクだ。2人とも、彼はロイといって、・・・その、」
「“昔”のファイターです。よろしくお願いします」
言いどもったマルスのあとをついで、ロイが丁寧に頭を下げる。“昔”という言葉にマルスは眉をしかめて顔を逸らしたが、ピットは気付かなかった。
「ピットです。よろしくお願いします、ロイさん」
ピットはぺこんとお辞儀を返したが、アイクは黙ったままで動かない。
もともと口数の多いほうじゃないが、それでもアイクは挨拶されたら必ず返す男で、黙ったままの彼をピットもマルスも訝しむ。だが、それ以上に怪訝そうな顔をしたのはロイだ。
「・・・・・マルス。この人、本当に新しいファイターなのかい?」
「そう、だけど・・・。ちょっとアイク、しっかりしてくれよ」
「アイクさん、挨拶くらい返さないと。警戒されてるよ」
2人に言われて、アイクは今気付いたとでもいうように目をぴくりと見開いて、困ったような顔をする。
「む・・・・・、よろしく、頼む」
「・・・・・・・・・・」
ロイの不審げな顔は治らない。なんとも言えず、気まずい空気だ。
(無理もないよなぁ、初対面でこれじゃ・・・)ピットは思ったが、どうすることもできない。
黙って、ロイと旧知の仲らしいマルスに任せるのが一番賢い。
「ええと、2人とも。和やかに、ね?」
アイクとロイの間に割って入ったマルスの笑顔は、哀れになるくらいぎこちない。
(そりゃそうだ、ボクも同じ立場ならきっと無理やり笑うだろうからなぁ・・・)
こっそり同情して、ピットは成り行きを見守る。
ロイは、まだなにか気にかかるような顔をしていたが、やっと視線をマルスに向けた。
「それで、どうして君たちはここにきたの? こんな時間に」
ロイの疑問に、「だからそれは僕のほうが君に聞きたいんだって」とマルスは言いそうになったが、やめておく。言ったらきっと、また話をぐだぐだにする。
僕の質問はあとからでいい。
「幽霊がいるって聞いて、確かめに来たんだ。幽霊は深夜に出るものだって相場が決まっているし。そしたら、ここに君がいた」
ロイを指差す。
「幽霊?」
なんともいえない顔をしたロイに、ピットがひょこりと口を挟む。
「暗闇にぼおっと炎が浮かび上がって、現れた幽霊が勝負を挑んでくるって」
「ふうん・・・・・」
ロイは、何かを考えるように顎に手を当てている。
思わせぶりな態度だ。
けれど彼は、「僕はそんな幽霊、見たことないけど」と肩をすくめてみせた。
「やっぱり、幽霊なんていないんじゃないか」
「ガセだったのかなぁ・・・・・」
マルスとピットが顔を見合わせて、肩を落とす。拍子抜けしたし、ピットからすれば落胆もした。
アイクはやはり、黙ってやり取りを見ている。拍子抜けも落胆も、呆れることもしていない態度で、ぼおっと立っているようだった。
さてそれじゃあ君の話を聞かせてもらおうか、とやっとマルスが先延ばしされていたことを聞こうとしたときだ。
「でも。せっかくだから、僕と勝負してくれません?」
ロイが、手にしていた大振りの剣を持ち上げる。封印の剣だ。マルスもピットも息を呑んだ。
剣が指し示した先は、立ったままでいたアイクに向いていたからだ。

――本当はやっぱり君が、幽霊なんじゃないか?

マルスは思ったが、見たことのないくらい険しい顔をしたロイ相手に、そんなことを言えるはずもなく、口を噤む。

*

キィン、

深夜の神殿に、剣同士のぶつかり合う高い音が響く。
マルスもピットも、少し離れたところから様子を見守るしかなかった。といっても、暗くて勝負の全容ははっきりと見えないけれど。
時折、ロイの繰る封印の剣が赤い炎を纏うのを見て、幽霊の噂がちらりとマルスの頭をよぎる。
(やっぱりロイは、噂の幽霊?)
本人は死んでないというけれど、死んだことに気付いていないのかもしれない。考えると、苦しくなる。
ロイの姿をずっと見かけていなかったけれど、気にならなかったわけじゃない。
死んでいる、なんて考えたくもないのに。
マルスの憂鬱に気付いているのかいないのか、ピットが2人の勝負から目を離さずに言う。
「そういえばマルスさん、」
「・・・・・なに?」
「ポポから聞いた怪談話、もう一つあるんだけど」
「もういいよ、・・・どれもガセだ」
「そう言わずにさ。なんでも、ドッペルゲンガーが出るらしいよ」
「ドッペルゲンガー?」
マルスが隣のピットを見ると、視線があった。ピットもマルスを見上げていた。彼は、にこりと笑う。
「知ってる? 自分と同じ姿をしていて、ドッペルゲンガーを見てしまったら、死んでしまう」
「・・・自分と同じ姿?」
それってなんだか、
「影虫に似ている」
そう言った瞬間だった。ギィンッ、とひときわ高い音がして、思わず2人して顔を向ける。
ロイが、アイクの剣を跳ね飛ばして、封印の剣を大きく振りかぶり。
暗闇におぼろに見えるロイのシルエットが、アイクへとその刀身を、突き立てていた。
マルスもピットも、声が出ない。
中途半端に口を開いたまま、固まり、固唾を呑んで見つめて、そして。
薄らと見えていたアイクのシルエットが、溶けて、崩れて、地面へ散った。
「影虫だ・・・・・」
呆然とピットが呟いたのが、マルスにはどこか遠くから聞こえるようだった。

*

アイクは歩いていた。
暗闇の中を歩き続ける。
足音は一つ。自分のものだ。他にはない。それはそうだ、一人だから。
「・・・・・出口は、」
どこだ? と呟いてみても、答えが返るわけもない。
せいぜい反響して自分の問いが自分に返ってくるだけだ。
とほうもなくむなしくなった。

マルスとピットが叫び声を上げ、暗闇へ走り去って行くのを、呆然と見送ったのは覚えている。
あのとき一緒に走っていけばよかったのかもしれない。
でなければ、こんな。
(出口がない、なんて)
こんな厄介なことには、ならなかったかもしれない。
土管に入ろうとも、どこかにワープするわけでもない。穴に落ちようとも、どうしてか元の場所に落とされる。上空へはふっとばされなければ行けそうもない。
普段なら、意識せずに出ようと思えば出れるのに今はどうだ。どこにも出口なんてない。
(そういえば俺は、いつもどこからこのステージを出ていた?)
記憶が曖昧だ。
恐怖よりも焦燥が胸中を占める。このまま出られなかったら、と考えると苛立ちもした。
とにかく無心で足を進める。

そうして歩いて、どれくらい経ったのか、気にもならなくなったころだ。
「・・・・・・・・・・!」
人の声か物音か、何かが聞こえた気がした。
すぐに大声を出してみる。
「・・っおい!! ピット! マルス! いるのか!!?」
返事を待つが、返ってきたのは煩わしい自分の声の反響だけだ。
聞き間違いか。幻聴を聞くほど混乱してるってのか。
「・・・くそっ」顔をしかめて、また先へ進む。
進む先の闇は、だんだんと深く暗く、澱みのない黒になっていくが、いい加減心身ともに疲れてきたアイクは、気付かなかった。

*

「ドッペルゲンガーは影虫だったんだ」
ピットが確かめるように言う。ざわざわ散った影虫は、散り散りになって闇へ紛れていった。
それを見送って、ため息をつく。
「結局、全部ガセだった」
「そうじゃない、ピット」
ぼやくピットに首を振ったマルスの声は、強張っている。
「影虫はドッペルゲンガーなんだ」
「わかってるよ」
「じゃあ、本物のアイクは、どこにいる?」
あ、と声を上げたピットは失念していたのだ。偽者が、本物にすり替わっていて、本物はここにはいない。どこですり替わった?
「2人とも、どこから来たんだい?」
ロイが、混乱している2人を覗きこむ。
「どこからって・・・・・、僕たちは走ってここに来て、」
「マルスさんが大声出して走り出したのは、いにしえっぽい王国だった」
「あのとき僕は、首に息を吹きかけられて驚いて、」
「息を吹きかけたのは、もしかしてドッペルゲンガー?」
己の閃きが案外的を得ているように思えて、ピットは顔を上げてマルスを見る。マルスは、青くなった顔で項をさすった。
ロイが頷く。
「そうかもしれない。君たちの中の一人だけをはぐれさせようとしたのかも」
ドッペルゲンガー、つまり影虫は、はぐれた一人に成り代わりたかった。
なら、成り代わられた一人は?
「アイクはまだいにしえっぽい王国にいるかもしれない」
「そうだ、あそこにも怪談話があったよね。どれだけ歩いても探しても出口が見つからなくて、ずっと歩き続けることになる」
思い出したようにピットが言う。
マルスの顔が、ますます青ざめた。
「まさか・・・・・・・・・・」
「ガセじゃなかったのかも。だってアイクさんは、まだここに来てないもの」
いにしえっぽい王国を出れたなら、当初の目的であったこの神殿に向かってもいいはずだ。もしくは、馬鹿馬鹿しいと部屋に帰って寝ているか。
「寝てるとするとちょっと、けっこう腹立たしいけど」
「アイクならありえそうだ」
「・・・・・まずいよ」
暢気な会話をさえぎったのは、ロイの深刻な声だ。
なにが、とマルスが口を開くより早く、ロイは走り出す。
「なッ・・、ロイ!?」
「わっ、ちょっと、待ってよ!!」
慌てて、マルスもピットも駆け出す。走りながら、ロイが叫んだ。
「さっきの、いにしえっぽい王国の噂は、あながちガセじゃないんだッ」
「どういう、ことッ?」
「あそこは、確かに出口がなくなるっ。なくなって、歩かせ続ける! そしてッ、」
「っ・・・そして!?」
「歩き続けてたどり着く先は、“墓場”だ・・・っ!」

*

暗い。あたり一面が黒だ。ここはもういにしえっぽい王国じゃない。もうブロックも見えないし土管も見えない。
出られたのか? と思ったが、視界はあまりに暗くて、ここがどこなのかさえよくわからない。
(あるいは俺の知らないところなのかもしれない)
こんなに暗くて寒いところをアイクは知らない。暗闇に目が慣れていたはずなのに、なにも見えないなんて。
ただ、足元に感触はあるので、先へ進もうとする足は止めない。立ち止まったらきっと、闇に飲み込まれる。そんな錯覚さえ抱くほど暗いのだ。
アイクは歩き続ける。
やがて、
「・・・・・誰だ?」
「っ、」
暗闇にぼんやり滲んだ影に、アイクは語りかける。
やっと足を止めて、影を見下ろす。
「子供・・・・・?」
「あ、」
地べたに座った小さな男の子が、驚いたような顔をしてアイクを見上げた。
「どうしてこんなところに」言いながら屈むアイクに答えるでもなく、その子供は、目を輝かせ、興奮した様子を見せた。
「ッアイクだ!!」
「俺を知ってるのか?」
「知ってるよ、ぼく、ファイターたちの名前、みーんな知ってるもん! アイクの試合だって見たよ! すごい強くって、あこがれてたのっ」
子供は無邪気にはしゃいで、手を叩く。アイクは目を瞬かせて、子供の目を覗き込んだ。
「お前、どうしてこんなところにいるんだ? それに、ここはどこなんだ?」
「アイク、ねえ、アイク! ぼくね、ぼく、ここでねひとりなんだよ」
答えようとしない子供に、アイクは困って頭をかいたが、子供は気にした様子もない。
健気そうな顔で、必死にアイクを見上げている。
「すごくさびしくてね、」
「そうか」
「すごくつまんないし、」
「そうだろうな」
「ねえ、アイク。ぼくといっしょにあそんでよ、いいでしょ?」小さく首を傾げながら、子供の声が縋ってくる。
顔は仏頂面だが、人並み以上に人情を持ち合わせるアイクが、自分より一回り以上も小さな子供をむげに突き放すなんてできるわけがないのだ。
ピットとマルスを探さなければならないし、ここから出なければならないことを考えると、遊んでる場合じゃないことはわかっていたが、アイクは、「少しだけだぞ?」と子供に小さく笑いかける。
「やったぁー」
両手を挙げてはしゃいだ子供が、嬉々として手を伸ばしてくる。アイクも、つられるようにして手を伸ばした、が。
ヒュッ、と鋭い音が鳴って、目の前を青い軌跡が通り過ぎる。
見覚えのあるそれは、アイクに伸ばされていた子供の手を貫いて、黒へ吸い込まれていった。
「な・・・」
「ああ、ああああ、あつい、あついよう・・・っ!」
呻いて、子供は貫かれた手を抱きこんで、体を丸める。小さな頭が膝につくほど丸まった子供は、上から見ていて驚くほど小さく見えた。
子供から、目が離せない。
「・・・っアイクさぁん!!」
「ピット、か?」
「よかった、間に合ったァ」
いつの間にそこにいたのか、ピットは息を弾ませながらアイクへ駆け寄り、腕を掴む。思いのほか、掴む力は強い。アイクは、ピットがもう片方の手に持っているものへ、目をとめる。パルテナアロー。
「・・・・・さっきのは、あんたか?」
「え?」
「どうして、射ったんだ」
言って、目を子供に向ける。子供は蹲って震えている。哀れを誘う姿だ。
ピットが、困ったように目を泳がせて、「頼まれたんだ」と言い訳のように呟く。
誰に、と聞くまでもなかった。
「僕が頼んだんです」
またいつの間に現れたのか、ピットの背後から赤毛の少年がすっと前に進み出る。隣には顔色の悪いマルスもいる。
「あんたは・・・?」
「ロイといいます、アイクさん。今すぐ、その子供から離れてください」
ロイの声は、柔和に諭してくるようだったが、その目は、蹲った子供を険しく睨みすえていた。

*

「はなせ、ピット」
「ダメだよアイクさん、あんたはこれ以上ここにいちゃダメだ」
腕を引っ張ってピットは促すが、アイクは子供が気になって仕方がない。
いまだ蹲ったままの子供を、さみしいと訴えた子供を、笑って手を伸ばした子供を、こんな暗い場所に放って置いていくなんて、アイクにはできそうにない。
「あの子供、ただ寂しいだけなんだ」
「そうかもしれない。でもあれは、触れちゃいけないと、ボクも思う」
「どうして」声が苛立つ。「少し遊んでやるだけでいい。なにがいけない」
アイクはどうしてピットもマルスも、突然現れたロイとやらも、あの健気な目をした子供を敵視するのかがわからない。解せないことがあると苛立たしいし、混乱する。
「・・・アイクさん。アイクさんには、あれは、どういうふうに見えてるの?」
ピットの声も、目も、不安そうに揺れている。アイクにはなんのことだかわからない。
「ふつうの子供だ。・・・そうじゃないか」
「ちがう。あれは、ふつうじゃないよ」
「なにを言ってるんだ、あんた」
「だってあれには、顔がないじゃないか・・・」
ピットが見た子供には、顔なんて、ついていなかった。
正確に言うならば、子供の顔は、無残に潰れていて、見る影もなかったのだ。

*

蹲る子供を見下ろすロイを、横から見つめる。だがマルスは、それよりも“墓場”と呼ばれたこの場所が気になってしょうがなかった。
あたり一面が暗い。暗いというより一面が黒で、何も見当たらない。
その中で、子供とロイだけ、くっきり浮かび上がっているようにも見える。
自分自身の色でさえ、黒に飲み込まれそうなのに。マルスは手を見下ろしながら首を振る。きっと目の錯覚だ。
「君、何をしてたの」
ロイの声は、詰問口調だ。マルスの知るロイは、ほとんど穏やかな声音をしていたので、きつい調子にハッとする。
子供は、のろのろと顔を上げる。顔といっても、マルスから見えるそれは潰れていて、正直、正視したくはない。
「ロイくん、ジャマしちゃいやだ」
「答えてない。はぐらかすな。何をしてたのって」
「ジャマしちゃやぁーだ。ぼくは新しいおもちゃがほしかっただけなの」
「それで? あの人に手を出そうとしたの?」
「ずっとずっとさびしかったんだ、アイクと遊びたいの、いいでしょ」
「よくないよ。壊れてないだろ、彼は」
壊れて、と聞いて、マルスは思わず顔を上げる。ロイを見るが、ロイは険しい表情の中に寂しさを湛えて、子供を見下ろしたままだ。
“墓場”について、ロイは苦笑しながら言っていた。
――フィギュアたちの墓場。ゴミ捨て場だよ、たぶん、そういうものだ。
マルスは、目の前が暗くなるのを感じながら、言葉をなくしたのだ。
――僕は死んでないけど、でも、捨てられちゃったんだ、多分。
知りたくなかった。そんなこと。
マルスは、目の前に広がる暗闇を眺める。暗くて見えないけれど、たぶんそこかしこに、壊れたフィギュアや、いらなくなったフィギュアが、山のように積まれているのだ。
そして、ロイも。
「アイクはね、強いんだよロイくん。ぼくねアイクの乱とうを見るの大すきなの。アイク、アイクーぅ、遊んでよ、ぼくとあそんでくれるって、言ったよね、ネェ!」
「やめろ!」叫んだロイが、手にしていた剣を子供に向ける。
ピタリ、と、子供は声を上げるのをやめた。頭を上げて、ロイを見上げている。
顔がないはずなのに、マルスには、子供がニタニタと笑ったように見えた。そう感じたのは、無邪気な雰囲気が悪辣に歪んだからかもしれない。ぞっとしたし、背筋に冷や汗が這った。気味が悪いと、本気で思う。
「ロイくん、おこったの? おこっちゃ、やァーだ」
もうしないからもうしないから、なんて繰り返す子供の声音は、反省したようには決して思えない。
マルスが顔をしかめていると、ふいに、子供の頭が向けられて、固まる。
「じゃあ、マルスと遊ぼう。マルスもつよい人だよ、ロイくん。ロイくんも新しいおもちゃがいるとうれしいでしょ?」
「・・・っ」思わず息をのみ、体が強張る。強張った腕に、ロイが触れた。
「耳を貸しちゃダメだ、マルス。引き込まれる」
「ロイ・・・・・、」
「逃げて。彼らも一緒に。このままじゃ君たちも“墓場”に引き込まれるよ。特に、彼は危ない」ロイは目でアイクを指す。「ここに君たちがいると、これは黙らないよ。ずっと」
これ、と指された子供は、マルスに向かって手を伸ばしている。
健気な仕草に流されちゃいけないのはわかっちゃいたが、危うくマルスは同情しそうになった。アイクもきっと、こんな気持ちだったはずだ。
一瞬だけ、ないはずの子供の顔が見えたように思えてハッとする。寂しそうな顔をした、ふつうの男の子だ。引き込まれ始めているとわかって、目を逸らした。
ロイはピットたちを振り返って、「逃げてください」と声を上げている。
「君は?」
「僕はもとからここにいたから、大丈夫。でも君たちはまだ、必要とされてるだろう?」
「そんな言い方、」
「事実だよ、マルス。今日は久々に会えて嬉しかったよ」
グイ、と、掴まれた腕を引っ張られて、マルスはよろめく。
ピットはアイクを引っ張って先に走り出している。「マルスさんも早くー」呼んでいるのも、聞こえる。
それでもマルスは、足を出せずにロイを振り返る。
情けない顔をしないでよ、とロイは笑った。
「また、会いに来てよ、マルス。深夜に神殿で。待ってるからさ」
それだけ行って、ロイはマルスの背を押した。
「・・・っきっと、また・・・!」
マルスはそれだけ告げて、走り出す。
行かないでと喚く子供の声が聞こえなくなるまで、マルスは走ることにだけ、専念する。

*

いつの間に闇から抜け出せたのか、覚えていない。
3人は、来たときと同じように並んで歩いていた。
「あの子供は、いつだったか、観客席から落ちたんだって」
ロイから聞いた話だ。真実かどうかは知らないが、ピットはある程度は真実だと信じている。
少しのあいだ一緒に居たロイという少年は、嘘をつくようにはピットには思えなかったし。
「落ちて、“墓場”に根付いた。あれは本物の幽霊だよ」
幽霊を見るために始めた肝試しなのだから、本物の幽霊を見れたのは幸いだったはずだ。それでも、ピットの声は浮かない。
アイクが、床を見つめながら呟く。
「あの子供、どうにかならないのか?」
できることなら、助けたい。
「マスターハンドでもどうにもならないなら、無理かも」
マスターはわかって放置しているのかもしれない。創造主でも、そこに居ついた怨念の強い幽霊は、どうにもできないのかもしれない。あくまでピットの想像だが。
「この世界は不思議だね」
ピットが独白のように言って、首を傾げる。ピットの言う世界は、マスターハンドが創造したこの世界だ。
“墓場”も、観客席も、そこから転落したらしい子供も、すべて曖昧で不可思議だ。
ただのフィギュアである自分たちには、どうしようもできないけれど。
「ああ、不思議だな。でも今はそれより、さっさと帰って眠りたい」
疲れたように呟いて、アイクは欠伸を噛み殺す。
ボクも早く寝たいな、と思って、ピットはずっとだんまりを決めているマルスに目を向けた。
「元気だしてよ、マルスさん」
「そうだぞ、マルス。そんなに寂しいなら明日も行ってみればいい」
「・・・・・会えるかな?」
「会えるだろうさ」
「そうだよマルスさん。行くだけ行って、落ち込むのはそれからでいいでしょ」
「それってつまり、会えないって言いたいわけ?」
アハハ、と能天気に笑うピットに、マルスは疲れたように項垂れて、「ねむい」とだけ呟いた。